<東京五輪人事は国辱>開会式担当・小林賢太郎解任は当然

藤本貴之[東洋大学 教授・博士(学術)/メディア学者]

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東京オリンピック・パラリンピック開会式の演出担当者である、小林賢太郎氏が90年代に発表した自身のお笑いコンビ・ラーメンズのネタ映像の中で、ユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)を揶揄したものが見つかり、ユダヤ系人権団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」が7月21日に抗議声明を出し問題化、7月22日には小林の解任が大会組織委員会関係者により明らかにされた。<東京五輪人事は国辱>開会式担当・小林賢太郎解任は当然の画像はこちら >>国際問題にも発展しかねない案件だけに、開会式前日ではあるが、東京五輪組織委員会にしては、異例の迅速行動であると言える。佐野研二郎、佐々木宏、小山田圭吾、のぶみに続き、「脛の傷」が暴かれてしまった五輪クリエイター辞任問題第5弾、という形だ。

ラーメンズといえば、90年代にサブカル色の強いお笑いコンビとして、「どちらかといえばシュールでオシャレ」なポジションにあったユニットである。その意味では、渋谷系の代名詞としてサブカルオシャレを牽引した小山田圭吾ともキャスティングコンセプトが重なる。

当該のユダヤ人虐殺を揶揄したとされる動画はいくらでもネットで言及されているので詳細は省くが、ネタ自体は「ユダヤ人大量惨殺」をメインのテーマにしているわけではなく、ネタの本筋の流れの途中でセリフとして一部「ユダヤ人大量惨殺ごっこ」という件がある、というものだ。

日本人からしてみれば、「なんだ、ネタのメインではなく、セリフの一部として利用しただけで、たいしたことないじゃないか。」と思うかもしれない。しかし、国際的な人権感覚や常識から見れば、決してそんな悠長なものではない。そういう発想は国際的な常識からは、冗談でも思ったり、言ってはいけない著しく人権意識に欠いたものだ。

小山田圭吾が、自身の凄惨なイジメ経験を成人してからサブカル雑誌に自慢げに吹聴していたことが問題になった際、それを「90年代のサブカルチャーという文化、価値観や時代性も考慮すべきだ」という立ち位置で擁護して炎上した爆笑問題・太田光の発想と、小林のネタを「大したことない」と考えてしまう発想は酷似する、といえばわかりやすいだろう。多くの世論で「太田の発想は受け入れられない!」と批判が起きたが、それの国際版だ。

[参考]爆問・太田「当時のサブカルチャー」で小山田擁護は無理筋

しかも、今回の「ユダヤ人大量惨殺ごっこ」には、続くセリフに「放送できるかっ!」とツっこみを入れる流れがあるので、ユダヤ人大虐殺の問題を揶揄することが「放送できないこと=非倫理的で常識を欠いた悪質な笑い」であることは小林本人も理解した上で、作られたものであることがわかる。つまり、極めて意図的なものであり、「知らなかった」「わからなかった」とは言えないものだ。

ユダヤ人虐殺を揶揄する文言が使われたネタ映像を、「ジョークで少し使っただけ」という理由で公にしてしまう、という現実は日本における文化的な未熟さというだけでなく、まったく前時代的である。もちろんこの件に関しては、「めくじら立てずに、なーなーですます」という日本型テクニックでは容認も肯定も擁護もできない。それが公に販売されている以上、作者と販売元は正式に取り下げと謝罪をしてしかるべきだろう。ホロコーストを含むナチス犯罪に「時効はない」という事実も忘れてはならない。

日本ではいまだに、先進国とは言い難い人権意識、価値観がまかり通っている部分は少なくない。特に、人種や差別の問題、人権や個人の尊厳の問題といったことに関しては「これぐらいなら許される」「創作物にまで口をだしたらキリがない」的な感覚の人は多い。

すべてのことを価値観の異なる文化を持つ日本が海外の基準に合わせる必要はないが、人種や差別の問題、人権や個人の尊厳といった問題は、先進国であればほぼ否定も反対もできない、国際的に歩調を合わせるべき普遍的な事項だ。ともすれば日本人は「文化の違い」を言い出しかねないが、それは国際化を迎えた今日、あまりにも危険な感覚だ。

ところで、東京五輪関連の人材はあまりにも人権感覚・国際常識の欠如したキャリアを持つ人が多いのはなぜなのか。組織委員会の調査能力の低さなのか、それとも日本の為政者や大手広告代理店が「人権感覚・国際常識が希薄で、何事も軽く考えている人ばかり」ということなのだろうか。前者であれば、業者や担当者を変えればすむことだが、後者であれば、致命的だ。そんな人たちが、日本の政策を決め、対外的なパブリックイメージを左右するような決定や運営がされているのだから恐ろしい。

小山田圭吾とか、ラーメンズ(小林賢太郎)とか、なんとなく90年代サブカルの時代性を感じる人選だが、彼らを、やれディレクター、やれクリエイターと、なんだかんだ肩書きをつけて任命しているが、そもそも、この人材配置を考案した「本当のディレクター、本当のプランナー」は一体、誰なんだろうか? そいつが一番バカで無能なんじゃないか? と心から思う。小林や小山田のように露出している人は言うまでもなく、それを裏で選んでいる実質的な企画者・運営者を含めて、今回の東京五輪の人事はもはや日本国およびすべての日本人にとっては悪夢であり、バグであり、国辱だ。

われわれ一般庶民には想像もできないような巨額のお金が動き、そういう流れの中で、自分たちの都合のよい人選が決められているだろうが、全ての原資は我々の税金である。我々日本人の税金を使って、日本人の価値を下げ、広報をすることはヤメてほしいものだ。

特に、今回の件は日本国としては完全な国辱事件であると言っても良い。五輪は言うまでもなく、今後、二度と日本では国際的なイベントが開催されなくなる危険性すら感じる。

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