二木芳人教授が生放送で明かした東京五輪の思い出話…「一番、私が印象が残っているのは…」

昭和大学医学部の二木芳人客員教授が10日、フジテレビ系「バイキングMORE」(月~金曜・午前11時55分)にスタジオ生出演した。
番組では、国会で約2年ぶりに行われた党首討論を特集した。
菅義偉首相は、新型コロナウイルスのワクチン接種について「今年の10月から11月にかけて、必要な国民については全てを終えることを実現したい」と表明した。また、五輪開催に関し「国民の命と安全を守るのが私の責務だ。守れなくなったら開かないのは当然だ」と説明した。
一方で立憲民主党の枝野幸男代表との討論で、枝野氏から「開催を契機とした国内の感染拡大」のリスクを負いながら開催の前提とする「国民の命と健康を守ること」の意味を問われた場面で、1964年の東京五輪の女子バレーの東洋の魔女、柔道のアントン・ヘーシンクらを見た思い出話を披露するなど議論がかみ合わなかった。
二木氏は、菅首相の思い出話に「実は私、菅さんと1つ違いなんです。私の方が後輩ですので、私、中学生。当時のこと覚えていますけど」と72歳の菅首相より1歳下の71歳であることを明かした上で「むしろ、ひとつひとつ場面も出るんですけど、あんまり明確に出てこなくて、東洋の魔女なんか、相手が最後、オーバーネットであっけなく片が付いちゃったなっていうぐらいの覚え方で。レシーブなんかは後からいろいろ、大松監督でしたっけ?ストーリーとして出てきたので残っているんですけど」とし「一番、私が印象が残っているのは、あのタイミングで東京オリンピックができた、と。日本がまさに復興して世界に冠たる日本に戻ってきた、と。そういうところは中学生の心に非常に印象に残っているんです。やる意義はそういうところにある」と指摘した。
続けて「スポーツの感動は、別に東京オリンピックでなくてもいつでも感じることができるんです。あの時の東京オリンピックは、戦後の復興、ここまでできる、日本もすごいというところに心が震えましたね」と明かしていた。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする