「相続対策」なにもしていなかったらどうなる? 税理士が解説

相続対策、というと親御さんがやるイメージが強い方が多いのではないでしょうか? 高齢者ほど、自分の死がリアルに身に迫るため、自分の死後に子供や孫に迷惑をかけないように、また少しでも多く、有効に財産を遺せるように、と相続対策を思い立つわけです。

ところが、私が相続専門の税理士としてここで明言したいのは、「相続対策は気力、体力、判断力が充実しているうちから行うことが大切」ということです。

そしてもう一つ、お子さん方はご自身の仕事や子育てに忙しい世代のため、ついつい親任せにしてしまいがちですが、相続税という税金は、もらう側である相続人が支払うものなのです。また、税金がかかるかからないに関係なく、仮に相続でもめた場合に、傷ついたり裁判などで時間やお金を負担するのは、残された相続人なのです。

つまり、相続対策は、親御さんの気力が充分にあって、なおかつお子さん方も一緒になって行うのが最良の方法なのです。

では、どんなご家庭に相続対策が必要なのでしょうか?
(1)相続対策が必要な家庭とは

相続にまつわる紛争は、年々増えています。家庭裁判所へ持ち込まれる遺産分割事案も、ここ15年で約1.5倍に増加。これは、法定相続分などの考え方が世間に広く浸透し、相続人がそれぞれ自分の権利を主張するようになったためだと考えられています。

ところで、多くの方が、相続争いなんてお金持ちの家で起こるもの、「うちは財産ないから」と思っておられるでしょう。しかし、実はごく一般の家庭にこそ、相続をきっかけに親族間がもめてしまう、いわゆる「争族」は起こるものなのです。

家庭裁判所に申し立てられる遺産分割調停は年間12,000件。そのうち、実に全体の33%が遺産額1,000万円以下の案件であり、全体の75%を遺産額5,000万円以下の案件が占めているという衝撃の事実があります。

ご自宅があって、老後の預貯金が多少あって、というごく普通のご家庭こそが、相続争いが最も勃発しやすいのです。相続対策が必要ないご家庭など、ないのです。
(2)相続対策はいつ始めればいいの? 死んでからでも間に合う??

相続対策は、始めるのが早ければ早いほど高い効果が得られます。そして死んでから行える相続対策はほぼないと考えていただいてよいでしょう。

確かに、相続税については特例を使って納税額を引き下げられることがありますが、その特例だって、亡くなった時点で適用要件を満たしていなければ使うことができません。要件を満たすよう、生前から準備しておく必要があるのです。生前からできることは全部やって、可能な限り有効に子供や孫に財産を遺したいものです。

さて、相続対策として考えられるのは、まず、親御さんの全財産を書き出してみること。この第
一歩を踏み出せない方が大変多いので、ここはお子さん方がサポートしてあげるとよいでしょう。

大雑把で構いません。自宅、その他不動産、銀行預金、株や投資信託、金、生命保険、など、資産価値のあるものは洗いざらい書き出してみましょう。

お子さんが一緒になって、この第一歩に取り組むことで、お子さんは親御さんのことを今まで以上に理解することができますし、親御さんが認知症になった場合や親御さんが亡くなった際には、親御さんの財産を把握しているため、慌てずに手続き等を進めることができます。親御さんが加入していた生命保険が分からずにもらえずじまいになる、なんて残念なことも避けられます。

次に行うのが、どのように分けるか決めることです。相続対策で一番重要なのがこのプロセスで
す。ご兄弟が相続でもめて、その後の人生ずっといがみ合い続ける、などという悲劇は、この「分け方」でもめる、ことが原因なのです。相続対策というと、税金を減らす、少しでも多くの財産を遺す、といったイメージがありますが、実は一番重要な相続対策は、相続人同士がその後の人生において仲良く暮らせるよう、精一杯の配慮をすることなのです。

相続対策の最後は、節税対策です。ご自身や親御さんが、相続税のかかる人かどうか、まずこれを確認しましょう。基礎控除額(※)以上の財産をお持ちの方は、節税対策が必要となりますが、それ以外の方は、税金のことはもう考える必要はありません。

節税対策には、ご自身の財産をダイレクトに減らす、贈与などがあります。また、財産の評価額を引き下げる方法などもあります。いずれも亡くなる直前に思いたって行うことではなく、お元気なうちから比較的時間をかけて行うものです。

相続対策はいつ始めればいいの? その答えは、できるだけ早く、です。

(※)基礎控除額=3,000万円+600万円×法定相続人の数
例えば、父、母、子供2人の家族で父が亡くなった場合の法定相続人の数は、母と子供2人の合計3人ですから、基礎控除額は4,800万円となります。
(3)遺言を作るメリットとは?

さて、相続対策で一番重要なプロセスは、「分け方を決めること」と申しましたね。その分け方を明らかにして指示しておく方法が「遺言」なのです。

遺言があれば、原則として遺言の内容が優先されます。お子さん方も「父さんがそう言うんなら……」と納得しやすいものです。

遺言がない場合は、相続人同士が0から分け方を話し合わなくてはなりません。これを「遺産分割協議」と言いますが、これが一番争いを勃発させてしまう場なのです。ちょっとした言葉の行き違い、ちょっとした目線、空気、そんなもので、相続人同士が一生顔も合わせないような、そんな悲劇を生んでしまうのです。

この「遺産分割協議」というハイリスクな場をカットしてくれるのが、「遺言」です。最後の親御さんの愛、ですね。

また、お子さんがいないご夫婦、身寄りのない方、また、不動産を複数所有している方などは特に遺言が必要となりますので、ぜひ専門家に相談してみてくださいね。また、お孫さんやお嫁さんなど、相続人以外の方に財産をあげたい、とか、公益法人や学校に遺贈したい、なんていう方も遺言が必要です。遺言がなければ、相続人以外の方には一銭も渡してあげられません。ぜひ、ご自身の意思に沿った遺し方ができるよう、気力、体力、判断力が充実しているうちに充分に準備をしていきましょうね。

税理士・1級ファイナンシャル・プランニング技能士 : 井口麻里子 いぐちまりこ 慶應義塾大学卒業。2009年2月、独立系の税理士法人としては最大手の辻・本郷税理士法人入社。その後、2年半にわたりメガバンクのプライベートバンキング部門へ出向。税務顧問として、主に富裕層の相続対策、資産承継、事業承継の相談に応じてきた。帰任後は相続部に在籍し、シニアコンサルタントとして相続税の申告はもちろん、生前からの相続対策などの相続コンサルティングを主業務としている。日々、多くの顧客と接する傍ら、セミナー講師活動、執筆活動も盛んに手掛け、相続問題の解決に全力で取り組んでいる。趣味はトレッキング。著書に『相続でモメずにお金を残したければ「この順番」で進めなさい』(すばる舎)、『55歳になったら遺言を書きなさい』(あさ出版)がある。 この著者の記事一覧はこちら

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする