5秒で身体をスキャン、ぴったり下着提案 ワコールがすごすぎるデジタル店舗を作る理由

“下着選び”に、デジタルトランスフォーメーション(DX)が起きている。

インナーウェア大手のワコールは、3Dボディースキャナーにより利用者の体形を計測するサービスを提供している。着替えを除いた、実際の計測時間は約5秒。スキャニングが終了すると、目の前の画面には自分の体形をトレースした3Dモデルが映し出される。女性が下着を選ぶのに欠かせないトップバスト、アンダーバストやウエストのサイズの他、首回り、背肩幅、腕の長さ、二の腕・太もも・ふくらはぎの周径、股下高……といった衣服全般を選ぶ参考となるサイズを計測できる。

この「3D smart & try」や、そのデータをもとにアバターを通してリモート接客で下着選びのカウンセリングをするサービス「アバカウンセリング パルレ」(以下、パルレ)はとても人気で、設置店舗では常に予約が埋まっている状態だ。ワコールは2019年4月のサービス開始以降、21年3月末までで既に約4万7000人の身体データを測定、収集してきた。

ワコールがこのような顧客との接点のデジタル化に乗り出した背景には、「新時代に乗り遅れてしまった」という危機感と、その見直しによって生まれたオムニチャネル化への構想があるという。

店舗DXに取り組む理由や、目指す顧客体験のゴールについて、3D smart&try事業を担当する下山廣氏(執行役員、イノベーション戦略室長)と、篠塚厚子氏(イノベーション戦略室、開発部長/シニアフェロー)に話を聞いた。

一人一人との直接的なつながりを重視した店舗づくりを展開
ワコールでは以前から、顧客のストレスを減らす方法を探っていた。下着のフィッティングにより自分にマッチしたものが手に入ることに喜びを感じる人がいる一方で、試着の際に体を触ることや、採寸でのヒアリングにストレスを感じている顧客が一定数いることを意識していたからだ。

その問題の解決を目指して開発したのが「3D smart & try」だ。測定方法には、同社が1946年の創業以来、長年女性の体について研究してきたノウハウを詰め込んでいる。

これまで他企業も3Dスキャナーを取り入れてきたが、正確な測定が難しく苦戦を強いられ、なかなか浸透してこなかった。その理由は、測定距離だけに注目していると正確なデータを計測できないからだという。

ワコールでは、下着や洋服は動きを持つ身体を「包む」ものだと考えて測定している。測定で重要なのは、容積だという。

篠塚氏は「肩のサイズを測るにしても肩のどのポイントを始点にするのか、その定義を決めるのは難しいものです。そこで、当社は距離ではなく質量に着目し、5秒間に150万の点群を計測して体の質量や体積まで測定することで正確性を補っています」と説明する。

スキャナーは全国のワコールで16店舗に導入されており、20台が稼働している。専用下着に着替える時間を除けば、約5秒で全身の採寸データが測定できる。測定後、利用者は専用タブレットから3Dデータや体形の特徴が確認できる。さらに下着の悩みや好みのヒアリング項目に回答。そのデータを掛け合わせ、最適なアイテムをAIが提案する。

「自分の体が客観的なデータで“ありのまま”に可視化されるので、最初にショックを受けるお客さまも多いです。しかし、この体験が理想のボディーを目指すモチベーションにつながるようで、定期的な計測をするためにリピーターとなるお客さまもいらっしゃいます。また、近年は自分に本当に合ったものを知りたいという傾向が強くなっています」(下山氏)

同社はスキャナーでの測定体験に加えて、アバターを通して接客するサービス「パルレ」を2020年10月から開始している。現在は東急プラザ表参道原宿店で展開しており、1カ月先の予約が埋まるほどの人気だ。

パルレではカウンセリング専用の個室で、アバターが利用者の要望や悩みをヒアリングする。アバターの「中の人」は遠隔の販売員だが、デジタルのキャラクターを通して会話することで、「アバターだと圧が無く話しやすい」「恥ずかしい体の悩みも相談できるようになった」と利用者からポジティブな声があがっているという。

パルレの導入によって、商品提案でのヒアリングから生じる客のストレスが軽減したほか、予約制にしたことで「店頭に入りづらい」「忙しそうで店員に声をかけづらい」といった接客時の課題も改善した。

世界が一変した1997年
同社は高度成長期以降、2度の成功を経験した。1度目は1960年代の百貨店拡大に伴う成長、そして2度目は80年代の量販店の拡大による成長だ。百貨店や量販店の販売チャネルを持つワコールも、市場拡大に伴い大きく成功を収めた。

しかし、90年代後半に百貨店や量販店の売り上げは低迷、国内の衣料品全体の市場規模も減少を始める。「今振り返ると1997年が、世界が一変するターニングポイントだった」と下山氏は分析する。

97年は消費税が3%から5%に上がり、家計における通信費と衣料品費の支出額が逆転した年だった。今に続く新時代の企業が続々と台頭する一方、時代についていけず衰退を始めた企業が続出したのもこの時期だった。

97年にAmazonやNetflix、98年にはスタートトゥデイ(現ZOZO)、99年にはアリババが創業した。98年にはユニクロ原宿店がオープンし、ファストファッションブームの火付け役となった。

下山氏は「これまでの成功体験によって、百貨店や量販店といったチャネルを通じた売り方だけを見続けていた状況がありました。これを見直し、新しい戦略を仕掛けるべく大きく考え方を変えたのが2016年でした」と話す。

一つの商品を大量生産し、短期間に多くの客に間接的に届ける販売チャネルから、顧客と直接的なつながりを持ち、バリエーションに富んだ商品を提供し、人生を通して長くつながるオムニチャネルへ、思想を切り替えたのだ。

これをワコール社内では「一人一人の顧客と『より深く、広く、長く』つながること」とかみ砕いて標語化している。このような思考の転換は、デジタル化が進んだからこそできるようになったことだ。

この考えから、3D smart & tryやパルレは全て無料で提供している。接客時間やシステムへの投資は大きいが、それでも「ワコールをいい会社だなと思ってもらえることが大事」と篠塚氏は意気込む。

旗艦店である東急プラザ表参道原宿店は、商品である下着ではなく、椅子を中心にしたレイアウトとなっている。その理由も「お客さま中心の店舗づくり」を意識しているからだという。3D smart & tryやパルレを利用したからといってその場で必ず購買につなげたいと考えるのではなく、「自分に本当に合ったものが知りたい」という顧客のニーズに応えることで、その後のワコール製品との長い付き合いの参考にしてもらう考えだ。

実際に顧客は自身の体形を詳細に知ることで、後日ECでの商品選びも簡単になる。同社のEC化率は、自社EC・他社EC合わせて15%で、アパレルの主要メーカーに比べて高い比率だ。

下山氏は「ECは便利な手段だが、手から手へというタッチポイントは守りたい」と話す。同社の全国2800の実店舗では約3500人の販売員が働いており、高いフィッティングや接客技術から「神の手」と称賛される販売員もいる。

「デジタル化が進むほど、リアルでの体験価値は高くなると考えています。店舗だけでも、ECだけでもなく、ECと新しい店舗体験を組み合わせることで、生涯に渡り顧客とつながれるサービス網が作れると期待しています」(下山氏)

3Dボディースキャナーシステムのプラットフォーム化を目指す
さらに、同社は精密な3Dスキャンのノウハウを武器に、将来的に3Dデータのプラットフォーム化と3D smart&tryの多角化を目指している。その第一歩として

伊勢丹新宿本店へ同社の3Dボディースキャナーを提供し、婦人服のレコメンドサービスを開始した。

伊勢丹では3Dで計測したデータに基づき体形タイプを27種類に分類し、利用客に似合う洋服をスタイリングする。利用者は多くの店舗を回る時間を省きながら、自分に合ったスタイリングの提案を体験できる。

同社の測定の技術は下着にとどまらず、医療やフィットネス業界などへの展開を見据えている。テクノロジーとリアルを融合させることで、地方都市の店舗の不足、販売員の不足の解消も見込める。アバター接客は家からでも担当できるため、働き方改革も期待できる。同社は今後100台の3Dボディースキャナー導入を目指している。

ワコールは店舗のDX化を進める一方、リアルな場所での接客も大切にしていくという。今後、家で測定を終わらせることもできるかもしれないが「お客さまと企業をつなぐ場づくりにも大切な価値がある」と下山氏は話した。

※【編集履歴:2021年4月8日午前10時00分 初出時の記載に誤りがあったため、一部表現を改めました】

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