ジョブ型雇用の落し穴──“日本の法”と相性が悪い!

「ジョブ型雇用」は、コロナ禍を経て人事業界で急激に広がりをみせたキーワードです。過去にも「成果主義」というキーワードが流行し、多くの大企業が導入していました。

このような流行そのものを否定する気はありません。しかし、言葉が持つ思想や土台との論理的整合性を無視して、「言葉が一人歩きする」という歴史が繰り返されているのも事実です。

今回は、筆者が自社の経営で試行錯誤したことも含め、ジョブ型に飛びつく企業が見落としがちな落とし穴について説明します。

熊谷豪(シングラー株式会社 代表取締役CEO/Founder)
1983年生まれ。明治大学卒業後、ベンチャーのモバイル広告代理店に入社し、人事採用業務に従事。2011年に人事採用の上流戦略を提案するHRディレクションカンパニーを立ち上げ、コンサルティングファーム、ITベンチャー、教育、食品会社などの採用チーム立ち上げ・再建を中心とした採用コンサルティング全般に携る。

2016年11月シングラー株式会社を設立し、面接CX(候補者体験)を高めて内定辞退を防ぐ「HRアナリスト」を発表。同サービスでエントリーした日本最大級のスタートアップカンファレンス「B Dash Camp 2017 Summer in Sapporo」で準優勝に輝く。「HRアナリスト」をコアとしたHR Techによる人材採用の変革を推進中。「HRアナリスト」詳細はこちら。

「部署がなくなっても解雇できない」──解雇規制の問題

筆者はシングラーを創業してから、われわれのビジネスモデルや思想にマッチした雇用形態、評価制度などを設計するために、ジョブ型を検討しました。導入シミュレーションをして感じた、ジョブ型導入の足かせが「解雇規制」です。

人事業務に就かれている方にとっては釈迦に説法かもしれませんが、日本の解雇規制というのは非常にシビアに設計されています。従業員の能力が不足しているからといって、原則解雇することはできません。また、ビジネスモデルの転換などで、ある部署を解体しようとした場合、その部署に所属している人たちを解雇することは当然不可能です。

例えば、ジョブ型雇用でインフラエンジニアを雇用する場合、対象業務のジョブディスクリプションを設定し採用します。しかしその後、インフラ開発を外部企業に外注することになり、インフラチームが社内に必要なくなったとします。

海外などでは、このチームごと解雇することになりますが、日本の場合は解雇ができないため部署異動が発生します。インフラエンジニアからフロントエンドエンジニアへ配置転換、といったようにです。従業員としても、雇用契約と実際の契約に食い違いが発生します。ジョブで契約が行われていない時点で、おおよそジョブ型雇用は破綻しています。

解雇ができずに配置転換した場合、ここで次の問題が起きます。

「職種が変わっても大幅減給できない」──減給処分の限度額の問題
労働基準法第91条では、減給処分の限度額について「1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が賃金支払期における賃金の総額10分の1を超えてはならない」と定められています。

先ほどのインフラエンジニアをフロントエンドエンジニアに配置転換をしたとして、以下のような専門性や業務能力の差が生じた場合、減給処分の限度額がネックとなります。あまり現実的ではないですが、分かりやすいように差をつけて説明します。

・インフラエンジニアとしての専門性や業務能力:ウィザードレベル(年収1500万円)

・フロントエンジニアとしての専門性や業務能力:新卒レベル(年収500万円)

ジョブ型を導入している場合、評価制度としてフロントエンジニアとしての能力に見合った、新卒と同等の給与を払うことになります。つまり、年収が1500万円から500万円となり、労働基準法違反となります。

もちろん合意や管理職降格などの理由によっては可能な場合もありますが、日本の働き手の感覚としては納得できるものではないでしょう。

ジョブディスクリプション=ジョブ型ではない
このように、ジョブ型は運用面において、労働法との相性が悪いことが分かります。もちろん、良くも悪くも日本の曖昧に運用する文化では可能なケースもあるかもしれませんが、論理的に大きく破綻している人事制度を運用するのにはリスクがあります。

ここまで、人事施策の土台である法制度の話をしました。日本企業が欧米式のジョブ型を導入することが詰んでいる状態ではありますが、ここからはカスタマイズした雇用制度や評価制度を導入する上で誤解が生まれやすい部分を説明します。

ジョブ型という言葉が流行しはじめた際に、「ジョブディスクリプションを細かく規定すべき」という話が広がりました。採用面においてジョブディスクリプションを人事や面接官が把握することはとても大切ですが、ジョブ型雇用を進める上でジョブディスクリプションを細かく規定することにあまり意味がありません。

というのも、当社で実際に運用したところ、管理職などの仕事において、社内の課題に対して柔軟に対応する必要があるため、ジョブディスクリプションに対し、高頻度の変更が発生しました。このようにジョブディスクリプションを細かく規定しても、運用面のコストが上がってしまい、効果的ではありません。

思想を履き違えたジョブ型導入
経営者の方からジョブ型導入に関して相談を受ける際に、特に多いのが「社内のローパフォーマーが使えないので、ジョブ型を導入することで給与に差をつけたい」「より専門的な仕事に集中してもらうために、ジョブ型を導入したい」という要望です。これは、過去流行った、「成果主義」の導入の際にも見受けられ、経済環境や景気が後退することで出てくるものだと感じています。

ジョブ型というのは、海外(特に米国)の法制度や文化的な側面から、どのようにすればビジネスをうまく回せるかという思想によって生まれたものです。「日本人経営者のスケベ心で安易に導入して浸透するものではない」という認識が大事ではないでしょうか。

大切なのは“ジョブ型”という形式の導入ではなく、日本の法制度や文化を前提に、自社の思想やビジネスモデルにとって最適なものは何かを考えることです。運用を含め、自社に合致していてロジックの破綻の少ない制度や施策を考え、導入する必要があります。

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