古賀稔彦さん、生前遺した「柔道精神」がベトナムで奇跡を起こしていた

(提供:ベトナム・カウザイ柔道クラブ)バルセロナオリンピック柔道男子71kg級の金メダリスト・古賀稔彦さんが先月24日に亡くなって10日が過ぎた。4日、古賀さんの次男・古賀玄暉が福岡で行われた「柔道・全日本選抜体重別選手権」男子60キロ級で亡き父に捧げる初優勝を果たし、日本中に感動を与えているが、一方日本から遠く離れたベトナムの地でも一つのドラマが起きていた。
画像をもっと見る■舞台は「カウザイ柔道クラブ」近年、ベトナムをはじめ東南アジア諸国の柔道文化はめざましい発展を見せているが、指導者の不在や、練習場不足など環境面の問題もあり、まだまだ「JUDO」発展途上国の粋を脱せていない状況だ。ベトナム・ハノイにある「カウザイ柔道クラブ」は、畳を敷き詰めた道場を設けており、日々“心・技・体”を磨くべく柔道に打ち込む練習生たちが集まっている。通常の練習に加え、交通事故が比較的多い土地とあり「自転車」を使った受け身練習や、肩車をしての乱取りなど、だいぶ我流なトレーニングも交えつつ、鍛錬や礼節の重要さをハノイの人たちに教えている。
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(写真手前左がタンさん、右奥が古賀稔彦さん。収録時、有段者は1人だけだった。提供:ベトナム・カウザイ柔道クラブ)古賀さんとこの道場の出会いは2020年3月。同月にTBS系で放送されたドッキリ番組『ぶっこみジャパニーズ』での収録のことだった。生前、古賀さんがリモート出演以外で最後に出演した番組になる。柔道未経験という触れ込みの古賀さんが道場の門下生となり、道場長・タンさんや、道場唯一の黒帯・グエンさんの下で数日間練習を体験した後、最終日に「じつは金メダリストだった」と種明かし。その後、正しい日本の柔道を指導してあげるという内容だ。種明かしの瞬間、道場メンバーはみな頭を抱えて驚き、その後、「まさかあなただったとは…」「一緒に柔道ができて光栄です」と感激した様子を見せていたのが印象的だった。

■道場に連絡すると…

(提供:ベトナム・カウザイ柔道クラブ)そんな古賀さんとの出会いを果たしていたカウザイ柔道クラブに、しらべぇ編集部は連絡をとった。すると道場側から以下の回答が。「古賀先生が亡くなられたと知って私たちは驚き、大変悲しみました。皆、先生に憧れ、そのスタイルに近づけるよう練習を重ね頑張ってきたのです。レジェンドである先生と初めて会えて本当に光栄でしたが、それが最後の出会いになってしまったとは…。先生が最後に訪れた外国の柔道クラブとして光栄に思い、これからもより多くのベトナム人へ柔道の情熱を伝える責任を我々は継承します。偉大な武道家に敬意を表して。カウザイ柔道クラブ」。
■8年越しで「有段者」に

(道場メンバー近影。前列左から2人目がタンさん。提供:ベトナム・カウザイ柔道クラブ)古賀さんが遺した柔道の精神や技術はその後も、カウザイ道場で生き続けた。「先生が日本に帰国した後、私たちはベトナム柔道黒帯試験を受け、8年間待った後に柔道黒帯になりました!」とタン先生。過去の写真では初段前の階級である「茶帯」をつけていたが、最近の投稿では立派な「黒帯」を腰に巻いている写真が目立ち、練習生たちにも有段者が増えた。古賀さんが亡くなった日、カウザイ道場がフェイスブックに投稿した「古賀稔彦先生に捧ぐ、伝説は決して死なない」という追悼メッセージが、全てを表しているようだった。 (取材・文/しらべぇ編集部・キモカメコ 佐藤)

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