だらっと横にしてもいいのに、なぜコクヨはビジネスリュックを「立たせた」のか

「コクヨ」と聞くと、多くの人から「キャンパスノートを使っているよ」「オフィスのイスもコクヨ製だったよな」といった声が聞こえてきそうだ。それもそのはず。売り上げは3202億円で、従業員は7000人ほど(2019年12期)。シェアを見ても、文具市場でもナンバーワン、オフィス家具市場でナンバーワンだという(同社調べ)。

同社は1905年に大阪で生まれて、今年で116歳。その長い歴史のなかで、数多くの商品を生み出してきた。文具でいえば、ノート、ハサミ、ファイルなど。オフィス家具でいえば、デスク、キャビネット、ホワイトボードなど。まるで電話帳のような分厚さのカタログを見ていて、ちょっと気になったことがある。ビジネスバックだ。

通勤用や出張用などのカバンを扱っているが、デザインはオーソドックスな感じ。ちょっと個性的なモノを持ちたい人には「うーん、選べない」といった声が出てきそうだが、この2月に登場したカバンは違う。その名は「スタンドバックパック」だ。

同商品は収納するノートPCのサイズに合わせ、2種類ある。13.3インチモデルが1万6500円(税別)、15.6インチが1万9000円(同)。色はネイビー・ブラックとダーク・グレーを展開している。チャックを開ければ、さまざまな仕事道具を分けて入れることができるなど、開発の工夫がうかがえるが、最大の特徴は何といっても「立てられる」ことだ。

スタンド部分を引き出すだけで、手軽に「立てられる」。それにしても、なぜこのようなカバンを開発したのか。商品開発に携わった伴和典さんに話を聞いた。聞き手は、ITmedia ビジネスオンラインの土肥義則。

オフィスを持ち出す
土肥: コクヨは2021年2月に、テレワーク時代を見据えたブランド「THIRD FIELD(サードフィールド)」の先行販売をスタートさせました。“オフィスを持ち出す”ことにチカラを入れていて、PCバッグやモバイルツール用のポーチなどを展開しているわけですが、その中で個人的に気になったのは「スタンドバックパック」なんですよね。

上段の収納部には仕切りが付いているので、「ここにスマートフォンを置いて。ここにはPCのアダプターを……」といった感じで、整理整頓ができる。使用頻度が低いモノは、下部の収納部に入れることができるんですよね。折り畳み傘や水筒などを入れておくと便利かもしれません。

上下2層構造になっているので、「バッグの底に荷物がたまって困るよ」といった事態を防ぐこともできますよね。個人的な話をすると、ワタシは某メーカーのトートバッグを使っているのですが、万が一のことを考えて風邪薬を持ち歩いているんです。内側のポケットに入れているのですが、振動などによって、いつの間にか底にあることも。また、居酒屋の生ビール無料券がころがっていることも(笑)。

あと、厚みは10センチほどしかないので、パッと見て「薄いなあ」と感じました。ペラペラとしゃべってきましたが、最大の特徴は何といっても「立てられる」こと。一般的なリュックのフロントポケットにあたる部分を「すーっと」引き出せば、カバンが立つわけですが、なぜこのような商品を開発したのでしょうか?

伴: もともと「バッグを開発しなければいけない」といった考えからスタートしたのではなく、ビジネスパーソンの働き方に着目しました。個人的は話になりますが、私が入社した当時(15年ほど前)、自分の荷物は、机の横にあるロッカーに置いていました。帰宅する際に、ロッカーから荷物を取り出して、カギを閉めるといった感じで。

しかし、数年前、会社がフリーアドレスを導入したんですよね。個人専用のデスクはなく、自由に席を選んで仕事をするわけですが、荷物はちょっと離れたところにあるロッカーに入れなければいけません。仕事をしているときに「あっ、カバンの中に書類を忘れた」となれば、ロッカーまで足を運ばなければいけません。

そうした行動は「面倒だなあ」と感じる人が多く、カバンを床に置いているケースが増えてきました。リュックの場合、だらしなく横たわっていて、机の上はガジェット類などが散乱している。そうした働き方を見ていて、「カバンはロッカーの引き出しのような役割になっているのではないか」と考えたんですよね。

カバンの置き場所に困っている
土肥: ふむふむ、確かに。「カバンはロッカーの引き出しのような役割……」と感じてから、どのようにして「立てられるバッグを開発する」ことになったのでしょうか?

伴: 個人ロッカーのような使い方ができるバッグを開発すれば、カバンメーカーではない当社でも勝負できるのではないか。そんなことを考えているうちに、開発を始めました。2019年7月のことですね。そのころ働き方にどんな変化が出ていたのか。シェアオフィスやコワーキングスペースなどが増えていて、そこで働く人が増加していました。

そうしたところで働いている人たちは、カバンの中に何を入れているのか、どのように使っているのか。よく分からないことがたくさんあったので、大阪にあるコワーキングスペース「WeWork なんばスカイオ」で働く人たちをじっくり観察させていただきました。

土肥: じーと見て、何か新しい発見はありましたか?

伴: 「置き場所に困っている人が多いのではないか」という印象を受けました。机のそばにカバンを置いているのに、その後の動作はバラバラなんですよね。机の上に必要なモノをたくさん並べてグチャグチャになっている人もいたり、何度も必要なモノを取り出したりといった具合に、カバンと机の間の動作がうまくいっていないのではないかと感じました。

また、カフェで仕事をする人も増えてきましたよね。狭い机の上で作業をすることもあるので、「カバンをロッカーの引き出しのように使うことができれば」と感じている人が多いのではないか。そんな課題を解決するためには、どうすればいいのか。カバンを「立たせる」ことができれば、必要なモノをすぐに取り出すことができて、机の上はモノであふれることもなくなるのではないかと考えました。

次に、コワーキングスペースを利用している人にアンケートを行いました(19年8月に実施)。カバンの中にはノートPCやスマートフォン以外に、PCケース、書類、ノート・メモ帳、手帳、モバイルバッテリーなどを入れている人が多いんですよね。ということで、必要最小限のモノを持ち運べるような設計を始めました。

土肥: うーん、そこはしっくりこないんですよね。なぜかというと……。

「容量」勝負はしない
土肥: スタンドバックパックは薄くて、13.3インチモデルの厚みは10センチ、15.6インチモデルは13センチ。社内から「もっと分厚いほうがいいのでは?」といった声はなかったですか?

伴: なかったですね。ビジネスバッグを利用している人にアンケートを実施したところ「仕事用のカバンは、そこまで大きいモノはいらない」といった声が多かったんです。その理由として「たくさん荷物を詰め込むと、カバンの中がぐしゃぐしゃになる」「スマートに移動したいので、バッグは小さいほうがいい」「大きい荷物は手で持つので」といった意見がありました。

机の引き出しのように使えるカバン――。こうしたコンセプトを掲げて設計していく中で、やはり大きなモノはいらないなあという結論になりました。ちょっと話は変わりますが、オフィスで使っている袖机の中はどうなっていますか?

土肥: たくさんの荷物が入っていますね。荷物が入りきらなくて、机の上に置いている人も。そこもあふれると、床に置いている人も。

伴: ですよね。カバンも同じように大きければ大きいほど、その中にたくさんの荷物を詰め込んでしまう。「あれも入れて、これも入れて」といった感じで。不要なモノを持ち運ばないためにも、薄いほうがいいのではと考えました。

また、大きいサイズのカバンって、たくさんあるんですよね。アウトドア系のカバンは容量を競い合っているところもありまして、当社はそこと勝負しているわけではありません。冒頭でも触れたように、ビジネスパーソンの働き方を改善するために、カバンを開発しました。こうした背景があるので、社内から「分厚いほうがいいのでは?」といった声はありませんでした。

土肥: なるほど。開発にあたって苦労はなかったでしょうか?

伴: 開発チームのメンバーに聞いたところ、全員が「これほど大きなサイズの縫製品をつくったことがない」とのこと。というわけで、どうやって進めればいいのかよく分からなかったんですよね。誰にどうやって頼めばいいのかさえも分からなかったのですが、とりあえずイメージ図をつくって、プロの方に見てもらいました。すると、「これはできないですよ」という返事。どういう意味なのか聞いてみると、縫製が必要なところにチャックをつけていたんですよね。ボクたちはド素人だったので、構造のイロハも分からずにデザインしていました。

ズバリ、勝算は?
土肥: では、立たせる設計はどのようにして決めたのでしょうか?

伴: カバンを立たせるには、それなりの負荷がかかってしまう。というわけで丈夫な設計が必要になるわけでして、まずツインにしてみました。スタンドの役割をする部分を2つにしたところ、社内からは「カブトムシのハネみたいじゃないか」といった声があったので、このアイデアは却下。

とはいえ、頑丈な設計は欠かせません。強度を高めるために、スタンド部分に固い芯を入れてみました。ただ、実際に背負ってみると、ものすごく重いんですよね。不要なモノを入れないように薄くしたのに、「重いなあ」と感じるモノはダメ。

強度があるにもかかわらず、重さを感じない。そんなカバンをつくるにはどうすればいいのか。ちょっと迷走していたので、カバンメーカーさんに「どうやったら立たせることができますか?」と聞いたところ、「自分たちもやったことがないので、よく分からない」という返事でした。その後も「あーだ、こーだ」と議論していく中で、「スタンド部分を単体で支えるのではなく、面で支えたほうが負荷が分散されるはず」といった意見がありました。

下の写真を見ていただけますか。左の写真は、スタンドだけでカバンを立たせようとしている。しかし、この構造だとスタンドに負荷がかかって、強度を強くしなければいけません。そうすると重くなるので、背負ったときに重い板を持ち歩いているような感覚になる。一方、右のスタンドは面で支えている。このような構造にすることで、負荷が分散される。背負ったときにも「重いなあ」と感じなくなったので、「これでいこう!」と決めました。

土肥: やっとのことで「立たせるカバン」は完成したわけですが、次は売っていかなければいけません。ズバリ、勝算は?

伴: ビジネスバック市場をみると、競合メーカーがたくさんある。ということもあって、新規参入する会社は少ないのですが、「働く」というフィルターを通すとどうなのか。例えば、カバンのデザインがよかったり、つくりがよかったり、機能性が優れていたりといった商品はたくさんある。しかし、仕事で使うことを考えると、置き場に困るんですよね。スタンドバックパックはそんな悩みを感じている人に向けて、つくりました。いまの働き方を考えてつくれば、そこにチャンスがあるのではないかと考えたんですよね。

あ、勝算でしたよね。売れないと、困ります! 第二弾、第三弾の商品をつくるためにも、ファンを増やしていかなければいけません。

土肥: 「床にだらしなく横たわっているカバンが少なくなってきたなあ」と感じることができれば、次はビルが「建つ」かもしれませんね。本日はありがとうございました。

(終わり)

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