国軍もスー・チーさんも呪術を信じる? クーデターで混乱するミャンマーの政治は“黒魔術”が関係している!

2021年2月1日、ミャンマー国軍は全土に非常事態宣言を発令し、国軍のミン・アウン・フライン総司令官が全権を掌握。国軍は与党・国民民主連盟(NLD)を率いるアウン・サン・スー・チー国家顧問やウィン・ミン大統領を拘束した――。このようにミャンマーで起きたクーデターがメディアを賑わせている。
スー・チーと国軍の対立やスー・チーがロヒンギャ難民問題に冷徹であることに関する報道に比べるとほとんど語られないが、実はミャンマー人の生活には占いが根付いている。有力な政治家、軍人にはお抱えの占星術師がおり、意思決定に際して助言をもらっているのだ。また、紙幣や国政を行う建築物の設計の背景には数秘術や上座部仏教の考えに基づく意味が込められ、政治・軍事の要人は黒魔術を恐れて正確な生年月日を公開しない。
元毎日新聞編集委員で、12年よりアジア総局長、13年からヤンゴン支局長を兼務したジャーナリストの春日孝之氏は昨秋、スー・チーや国軍幹部への豊富な取材経験を基に『黒魔術がひそむ国 ミャンマー政治の舞台裏』(河出書房新社)を著した。そんな春日氏に、ミャンマー政治の背後にある占星術的、呪術的な世界観や、欧米が主導するミャンマー情勢報道の問題点について訊いた。
――春日さんの著作によると、ミャンマーを「敬虔な仏教国」ととらえるのは正確ではなく、ミャンマー仏教は占星術、ナッ(精霊)信仰、ウェイザー(超能力者)信仰、数秘術や手相術、呪術が渾然一体となって融合しており、人々の生活にはもちろん、政治の場においても表では仏僧、裏では占星術師が影響力を行使している、とありました。いつ頃から政治にも占星術師が影響を持つようになったのでしょうか?

春日 パゴダ(仏塔)の周辺に行くと占星術の店が軒を連ねていて、国民は日常的に占いに頼っています。ただし、そういう場では生活全般や就職、結婚などについて主に相談しているのですが。政治に関しては、イギリスに植民地化されるより前のビルマ王朝期から影響を与えていたと一般的にはいわれています。
――国会議事堂の設計や紙幣にも仏教や数秘術の考えが反映されているそうですね。
春日 ミャンマーの国会議事堂は31の建物から成りますが、上座部仏教では人を含む生物は31の世界を行き来して輪廻転生を繰り返すといわれていることを踏まえています。
また、紙幣には上座部仏教では信仰の対象である白象が描かれたり、あるいはブッダの「九徳」に基づく9の倍数の紙幣が過去に刷られたりしています。数秘術でも9や11が重要視されていますが、それと重なってミャンマーでは9の数字の付くクルマのナンバープレートや9の倍数の携帯電話番号はありがたられ、手に入れるにはかなりのコネやお金がかかります。つまり、お金持ちの特権になっています。ですから、一般市民は9の倍数のナンバープレートを付けたクルマを見ると、無意識にトラブルを避けて近寄らないくらいです。
――著書には、取材で出会った非常に権威主義的で自己顕示欲の塊のような僧侶や占星術師が登場します。また、ミャンマーに行きたての頃、公共バスにある「僧侶専用席」に座っていたら仏僧にいきなり殴られ、ものすごい形相で睨まれたというエピソードもありました。そこまで僧侶が人々に特別視され、また僧侶が自らの地位を誇示しているのはなぜなのでしょうか?

春日 ミャンマーでは仏教的な価値観が生活そのものといっていいくらい密接に関わっていて、だからこそ政治とのつながりも強いのです。一般に政治家は呪術の存在を信じているだけでなく、仏教に対する宗教心を強く持っていて、輪廻転生を信じています。多くの人が、来世でより良い生を得るために今生を生きていると考えています。仏僧はそんな死生観の根幹を司っている存在ですから、権威は高い。大統領も国軍の最高司令官もスー・チーさんも、高僧の前では床にひれ伏して礼を尽くします。それだけ尊敬されている。もっと言えば、「人」と「僧」は違う存在だという世界観なんです。「ここに何人いる?」と聞かれたときに僧侶がいたとしたら、人数にはカウントしないくらいですから。
そもそも植民地統治をしていたイギリスに対する独立運動をまとめたのも仏教勢力で、ミャンマーには仏教と民族的なナショナリズムとが一体化した「仏教ナショナリズム」があります。もちろん多数派のビルマ族以外にもいろんな民族がいるのですが、9割が仏教徒なので、かなりの程度一体化しています。だからこそ、仏教徒は国内のイスラム教徒やキリスト教徒である一部の少数民族に対する反感もあるわけです。
――最大都市ヤンゴンの中心街には占星術を自然科学と位置づけた「ミャンマー・アストロ研究所」があり、120人以上の研究員(占星術師)がいるそうですが、「科学」であるにもかかわらず、予言が外れても気にしない。なぜなら、科学や占星術は世俗の知識や経験でしかなく、真理や未来はブッダだけが知っているのだから当然だ――と考えている、という話もありました。

春日 それを聞いたときには、目から鱗が落ちました。宗教の位置づけが政治よりも上位であるだけでなく、サイエンスよりもはるかに上位にあるわけです。真理はブッダの教えにあり、だから占いや科学的な予測が外れても当然だという概念です。
――政治家が占星術師を重用しているとのことですが、どの程度の関与と思えばいいでしょうか?
春日 占いありきで「占いの結果、こうする」というよりは、総合的な判断に基づいて意思決定するときに、ある種の「支え」として用いられているという感じでしょうね。政治は「決断」ですから、安心材料、あるいは自信をもたらすものとして用いられているようです。
例えば21年2月に起こったクーデターに際して、大統領代行が新軍政(軍事政権)の発足を発表したその「時間」の決定には必ず占星術師が関与しています。占星術では日時が決定的な意味を持ち、過去にも独立の日時は占星術的な意味を込めて決められました。ですから今回も、クーデターを起こすかどうかに関与したかはわかりませんが、日付や時間の呪術的な意味づけについては間違いなくかかわっています。
――スー・チー氏はほかの政治家や軍人と比べると呪術には距離を置きつつも、上座部仏教で行われるヴィパッサナー瞑想は毎日しているそうですね。
春日 仏教に対する信仰心は非常に強いと思います。彼女のエッセイやインタビューを読んでもミッター(慈愛)の話がよく出てきます。西洋的な価値観よりも仏教的な思想のほうが強いのではないでしょうか。呪術に関しては、「知識はあるけれども信じていない」といわれますが、果たしてどうかなと。ある程度信じていると私は見ています。というのも、04年に失脚したキン・ニュンという当時の首相にもお抱え占星術師がいたのですが、宗教団体の集まりのような場所でその占星術師とスー・チー氏が並んで、奇妙な仏像が掲げられた祭壇に祈りを捧げている写真を入手しました。

――ミャンマーにはキリスト教徒の占星術師もいるそうですね。敵対する勢力が仕掛けてくる黒魔術に対して、聖書の教えを盾に応戦する、という話も出てきました。もちろん西洋にも占星術はありますが、仏教とキリスト教が共に黒魔術を信じていて戦うというのはマンガみたいで、日本人の感覚では理解しがたいですが、どうとらえればいいのでしょうか?
春日 ミャンマーでは9割が仏教徒ですが、私の通訳をやってくれた人もキリスト教徒でしたし、ロヒンギャのようにイスラム教徒もいます。ただ、みんな仏教に占星術や呪術などが混ざり合った土壌の中で生きている。その同質的なベースの上にキリスト教やイスラム教があるといえばいいでしょうか。ミャンマー北部に住むカチン族はキリスト教徒が多いですが、国軍と内戦している政治組織(武装組織)KIOの報道官は「我々は国軍とスピリチュアルな戦いもしているのだ」と語っていました。物理的な戦闘に加えて精神的な次元でも戦っているという認識なのです。
――国軍と少数民族との戦いは宗教紛争という面だけでなく、英国による植民地統治時代にさかのぼる領土の奪い合いという面があり、欧米や日本のメディアではロヒンギャ問題は「仏教ナショナリズムに基づくミャンマー国軍がイスラム教徒であるロヒンギャを迫害している」というアングルでとらえがちだけれども、それは偏った見方だとも春日さんは書かれていましたよね。
春日 国連も欧米メディアも、17年に発生したロヒンギャの過激派武装組織による蜂起に対して国軍が掃討作戦を行い、難民が大量に発生して隣国バングラデシュにまで押し寄せたことを「ロヒンギャ危機」と呼んで注目するようになり、熱心にロビー活動をしているイスラム教徒に同情的です。国連人権委員会の報告書を丹念に読んでも、ロヒンギャの立場は擁護している一方、ラカイン人やビルマ人がロヒンギャの武装組織に殺されたり、国内避難民が発生したりしている点はほぼ黙殺しています。その偏向をメディアも盲信している部分がありますね。

しかし、今回のロヒンギャ危機以前から、ミャンマーでは長らく仏教徒とイスラム教徒のいざこざは起きていました。民政移管(11年)以降、対立が顕在化します。ミャンマーは多様な民族をひとつの国に束ねてずっと続いてきたわけではありません。今はビルマ族が中心ですが、その人たちがもともと住んでいたのは現在のミャンマー中央部です。それ以外の土地には別のさまざまな民族が住んでいた。植民地時代もイギリスがすべてを統治していたわけではなく、間接統治だったり、地域によって自治が認められていたりしていた。それを独立運動の中心になったスー・チー氏のお父さんであるアウン・サン将軍が少数民族と連携することで、ひとつの国として独立を果たした。しかも、例えば中国国境沿いに住んでいるシャン族とは「ビルマ独立から10年後には分離独立する権利を認める」という約束をしていた。ですから、少数民族はそれぞれ経済的にやっていけるなら自治したいという想いがずっとあるのです。
――そういう中で国をひとつにまとめ続けるには、軍事力がなければ難しい?
春日 ええ。そのため、ミャンマーで内戦を終結させることはとても困難です。軍は政治の中枢にいて、武力を行使しながら多民族の利害を調整する役割を放棄するわけにはいかない。憲法上も軍は自ら政治にかかわる責務を義務づけている。スー・チー氏率いるNLDが今回の選挙で勝ち、スー・チー氏が超法規的に国家の最高指導者である「国家顧問」にとどまっていたとしても、国軍の政治的影響力は保たれ続けたでしょう。むしろ、スー・チー氏が国軍を政治権力から遠ざける動きをしたからこそ、クーデターが起きたと見たほうがいい。彼女は今年75歳ですから、5年くらい待てば自然と政治家としての引退が迫られるわけです。それでも国軍が待たずに行動を起こしたということは、堪忍袋の緒が切れたのだと思います。

――スー・チー氏は国軍を軽視している?
春日 国軍サイドが結局、ロヒンギャ問題にしてもなんにしても民政の政治家ではまとめられず、武力を持った我々でなければ実効力がないと思ったのではないでしょうか。スー・チー氏が国家顧問に就任する以前の、軍出身であるテイン・セイン大統領の時代も内戦の停戦交渉はやってきていて、約20ある少数民族武装組織との間で4分の3くらいの組織と合意を取り付けていた。ところが、スー・チー政権下では少数民族との対話は停滞し、経済政策にしてもなんにしても目新しいことはほとんどありません。テイン・セイン政権のほうが革新的に取り組んでいた。
ですから、今回のクーデターの大義として国軍側は総選挙で「不正・不備」があったと発表していますが、口実としての面だけでなく、一定部分は本気でそう思っている可能性があります。ろくな実績がないのに、こんなに支持されているのはおかしい、と。もちろん国軍とスー・チー氏との間には多くの確執がありますから、短絡的に見ることはできません。ただ、例えばテイン・セイン政権時代の15年選挙のときも選挙不正は騒がれていたんですね。このときは選管は異議申し立てを受け付けていますが、今回のスー・チー氏は「そんなものはあるはずがない」と一蹴しています。「不正・不備の可能性を検討します」と言って調査する、あるいは譲歩を示していれば、今回のクーデターには至らなかった可能性はゼロではない。

私はヤンゴン勤務時代に「スー・チー氏の性分はミャンマーにとってのリスクだ」と書いたことがあります。彼女は自分がトップでなければ納得せず、最近は軍に対して「あなたたちは軍務に専念しなさい」という姿勢だった。彼女は国軍によって自宅軟禁生活を強いられていた頃から「政策決定でもっとも重要なのは透明性である」と言っていたにもかかわらず、15年総選挙で圧勝するや、情報統制とメディア規制を強めます。民主主義や仏教的な慈愛を訴える発言と実際の行動との不一致ぶり、さらには、そんなスー・チーを多くの国民が支持するという現実に、軍は我慢しきれなかったのかもしれません。
――春日さんは、今後どんなことに取り組まれる予定ですか?
春日 ロヒンギャは今回のクーデターによって、当分はミャンマー国内に戻ってこられなくなり、今後はバングラデシュで土着化するか、あるいは外国に出ていくかしかないだろうと見られています。私は11年の民政移管以降の国軍と少数民族との関係や仏教徒とイスラム教徒との関係を取材した経緯があり、そのプロセスを整理できればと思います。
(プロフィール) 春日孝之(かすが・たかゆき) 1961年生まれ。ジャーナリスト、元毎日新聞編集委員。1985年に毎日新聞社入社。95~96年、米国フリーダムフォーラム財団特別研究員としてハワイ大学大学院(アジア・中東史)に留学。ニューデリー、イスラマバード、テヘラン支局などを経て、2012年よりアジア総局長。翌年、ヤンゴン支局長を兼務。18年に退職。著書に『アフガニスタンから世界を見る』(晶文社)、『イランはこれからどうなるのか 「イスラム大国」の真実』(新潮新書)、『未知なるミャンマー』(毎日新聞社)がある。

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