神戸山口組・古川幹部射殺事件ヒットマンの動機と“黒幕”全容

神戸山口組・古川幹部射殺事件ヒットマンの動機と“黒幕”全容の画像はこちら >>神戸山口組・古川幹部射殺事件ヒットマンの動機と“黒幕”全容 (C)週刊実話Web
2月8日、兵庫・神戸地裁の法廷に姿を現した朝比奈久徳元組員は、すでに自身の運命を受け入れているかのように、淡々とした様子で言葉を発した。しかし、法廷では朝比奈元組員が神戸山口組・井上邦雄組長や、4人の直参を〝暗殺〟しようとしていた経緯が明かされた上、短い被告人質問の中でも検察側は疑惑を追及。これまでに六代目山口組から出たヒットマンたちと同様、組織的背景に触れ、最後まで疑いのまなざしを向け続けたのである。

朝比奈元組員は、神戸山口組・古川恵一幹部を射殺した殺人と銃刀法違反、殺人予備、公務執行妨害などの罪に問われ、起訴内容を認めた。争点は量刑となり、検察側の冒頭陳述などによって、犯行に至るまでの経緯が明らかとなった。

昭和58年ごろに渡世入りした朝比奈元組員は、一度は足を洗ったものの平成4年ごろに再び組員として活動を始め、平成30年12月に処分される直前は、六代目山口組・安東美樹若頭補佐率いる二代目竹中組(兵庫姫路)に所属。処分後の令和元年7月には麻薬特例法違反で逮捕、覚せい剤取締法違反で再逮捕され、同違反の罪で岐阜地裁に起訴された。公判では反省の弁を述べていたが、実際にはこの逮捕前から準備を進めていたとされたのだ。

「被告人質問で、朝比奈元組員の口から神戸山口組の井上組長、入江禎副組長、五代目山健組の中田浩司組長、現在は引退した剣政和元若頭補佐の周辺を下見して、警備状況などを確認していたという証言がありました。いずれもガードが固いために断念したと。髙橋久雄元幹部については、よく単独で犬の散歩をしているとの情報を得て実際に見に行き、至近距離でその姿を確認したそうです」(全国紙社会部記者)

令和元年8月に保釈された朝比奈元組員は、警備が手薄な古川幹部にターゲットを絞り、下見を繰り返した。その間に、自動小銃と回転式拳銃、実弾を入手。古川幹部の親族が経営する飲食店に客として出入りし、店を切り盛りする古川幹部本人とも顔を合わせるようになっていった。
「山口組を裏切った人間が許せなかった」
同年11月27日、ついに朝比奈組員は実行に移す。客としてレンタカーで店を訪れ、駐車できる場所への案内を古川幹部に頼み、店外へと誘い出した。向かい合った瞬間、至近距離から腹部に向けて弾丸30発をフル装填した自動小銃の引き金を、躊躇なく引いたのだ。

あおむけに倒れた古川幹部に対し、胸部と頭部にも発射。すでに事切れていたにもかかわらず、古川幹部に向けて撃ち続けた。朝比奈元組員が引き金を引いた回数は28回。現場から13発の不発弾が発見されたが、残る15発の多くが古川幹部に命中していた。

犯行後、朝比奈元組員は車で京都へ向かい、髙橋元幹部の殺害を実行しようとしたが、緊急配備された京都府警によって発見される。その際、警察官に対して回転式拳銃の銃口を向け、自動小銃も示すなどした上で、路上に置いて両手を上げたため現行犯逮捕された。

法廷で朝比奈元組員は、犯行に至った動機を「山口組を裏切った人間が許せなかった。殺して男になって死にたかった」と明かす一方で、拳銃の入手先や試し撃ちの場所については「言えない」とした。検察側は現役当時にも資金面で苦労していた朝比奈元組員が、拳銃の代金である350万円をなぜ工面できたのか問い詰め、暗に組織的背景を追及。それに対し、朝比奈元組員は「自分で用意した」と答えるのみで、被告人質問の中でも疑惑は疑惑のままとなった。

公判当日、証人尋問も行われなかったため、検察側による論告・求刑が行われた。「綿密な計画と準備を整えた上で敢行された冷酷かつ残忍な犯行」とし、「自己の判断による犯行だったと強調し、背景事情について頑なに供述を拒んでいるが、対立抗争が背景であり、六代目山口組関係者から何らかの指示、支援を受けて犯行に及んだことは強く疑われる」と主張した。

無期懲役が求刑され、公判は即日結審。退廷時、朝比奈元組員が傍聴席を向いて頭を下げた先には、かつての親分である安東若頭補佐の姿があった。朝比奈元組員にとっては、「男」になれた瞬間だったのか。

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