警察の違法な職務質問と尿検査が横行する? 「大麻使用罪」導入で危惧される日本社会の逆行と人権侵害

2021年1月13日、大麻取締法に「使用罪」の導入が検討されることが報じられた。現行法では、大麻は所持や栽培、売買、密輸などは禁じられているが、使用に関する罰則はない。しかし近年、特に若者の間で大麻使用が急増していることから、大麻規制のあり方について厚生労働省が設置する専門家会議で議論されるというのだ。
このニュースはSNSでも拡散され、ツイッターでは「大麻使用罪」がトレンドに浮上。その賛否をめぐり論争が巻き起こったが、使用罪に反対する立場からは「世界的に大麻を合法化・非犯罪化する動きが広まっている」「使用罪の導入=厳罰化はその流れに逆行するものだ」といった声が聞かれた。
事実、例えばアメリカでは1996年にカリフォルニア州で医療用大麻が合法化されたのを皮切りに、それに追随する州が徐々に増え、12年にはワシントン州とコロラド州で娯楽用大麻も合法化された。現在、全米50州のうち36州で大麻の医療使用が認められ、15州と首都ワシントンD.C.では娯楽目的の使用も認められている。
もっとも、アメリカでの大麻の合法化はあくまで州法においてであり、州法より優位にある連邦法のもとでは違法であるが、その状況も変わるかもしれない。というのも、20年12月4日、民主党が多数を占める米下院で大麻を連邦法で合法化する法案が史上初めて可決されたのだ。その時点では、共和党が多数派の上院を同法案が通過する見込みは薄かったが、21年1月5日のジョージア州上院決選投票で民主党が上院でも過半数を確保したことにより、全米で大麻が合法化される可能性が出てきた。

また、20年12月には国連麻薬委員会で大麻および大麻樹脂が「スケジュールⅣ」(国際条約で定められる「もっとも危険な薬物」にあたるリスト)から除外されており、大麻の個人使用を非犯罪化している国も約50カ国にのぼる。
このような大麻の合法化・非犯罪化の流れの背景には何があるのか? 経済小説『マネーロンダリング』(幻冬舎)や『言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)などで知られる作家の橘玲氏は、こう語る。
「ひとつは、世界的に価値観がリベラル化していることです。これは必ずしも政治的にリベラルになるという意味ではなくて、『自分らしく生きるのが素晴らしい』という価値観で、言ってしまえばネオリベ(ネオリベラリズム、新自由主義)と呼ばれる思想に近い。『私は自由に生きるから、あなたも自由に生きればいい。そして自由に生きた結果、起こったことの責任はそれぞれが取ればいい』という発想です」
よって大麻のようなソフトドラッグは、個人で楽しんでいる限りは誰の迷惑になるわけでもなく、わざわざ国家が介入する必要はないというわけだ。
「そもそも嗜好品を法で禁止すると、どうしてもそれが欲しい人がいる場合は闇経済化し、犯罪の温床になる。アルコールというドラッグでそれが起きたことは、いわゆる禁酒法時代(1920~33年)のアメリカで実証されています。60年代からミルトン・フリードマンのようなネオリベ系の経済学者は、コカインやヘロインといったハードドラッグもすべて合法化し、アルコールやたばこのように税金をかけ、市場で扱えるようにすればいいと言っています」(橘氏)

さすがにハードドラッグの合法化には抵抗を感じる人が大多数だろう。しかし少なくとも大麻に関しては、合法化により非合法な業者が駆逐され、リスクもコントロールしやすくなるという見方が強まっているようだ。現に、アメリカでいち早く娯楽用大麻を解禁したコロラド州では未成年の大麻使用が減ったというデータもある。そして、そのような流れに「逆行」しているのが日本ということになる。
「誰もが自由に生きられる社会は、一人ひとりがバラバラになっていくことでもあります。みんなが好きなことをやり始めれば、社会を構成していた中間共同体が解体する。中間共同体とは、欧米であれば教会やスポーツクラブなどですが、日本の場合は会社と家庭しかない。男性はサラリーマンとして会社に、女性は専業主婦として家庭に所属することで戦後の日本社会は安定していたのですが、それがすでに揺らいでいる。
保守派がなぜ働く女性を嫌がるのかといえば、経済力を持った女性は家庭に依存する必要がなくなるからです。彼らが夫婦別姓に反対するのも、伝統的なイエ制度の解体を恐れているから。大麻の厳罰化にしても、規制で締め付けないと日本社会が制御不能になってしまうという危機感が根っこにあるのではないでしょうかか」(同)
では、仮に大麻の使用罪が導入されたとして、運用面で問題はないのか? 薬物事犯を数多く担当してきた弁護士のA氏によれば、「違法に近い職務質問や留め置きが横行する恐れがある」という。

「使用罪がすでに設けられている覚醒剤や麻薬の事件の場合、手続き上は尿検査で使用の有無を判断します。その尿検査は大体、職務質問が起点になるのですが、路上などで『尿を出せ』と言われても普通は出しませんよね。所持品と違い、尿は我慢すればいいのだから。そもそも職質も尿の提出も任意なのですが、それを理由もなく拒むと警察は裁判所から捜査差押令状を取り、強制採尿という形で医師が尿道にカテーテルを挿入して尿を採取します」(A氏)
ちなみに、強制採尿はかなり痛いらしい。
「尿の提出を拒む人をその場に長時間にわたって留め置き、そうしている間に令状を取ってくることもできる。これは事実上、令状なしに強制採尿するのと同じことです。加えて、排泄物とはいえ、体内にあるものを取り出すのに捜査差押令状で足りるのかという議論もある。令状が想定しているのは家宅捜索や車内捜索などであり、それを場合によっては身体に被害が及ぶ可能性がある強制採尿に適用してよいのか、と」(同)
大麻にも使用罪が導入されれば、警察としては尿を採取しようとさらに躍起になり、徹底的に職質をかけてくることが予想される。それはある意味、意図的に犯罪率を上げるような行為であり、なおかつ職質からの採尿には無理がある。そして、無理を通そうとするほど違法に近づいていくというわけだ。他方で、弁護側として戦い方も変わってくるのだろうか?
「そこにもひとつ問題があって、大麻取締法における『大麻』とは、THC(いわゆる“ハイ”をもたらす成分テトラヒドロカンナビノール)を多く含む花穂(かすい)、あるいは葉の部分を指し、茎と種子は除外されているんです。例えば七味唐辛子に麻の実が入っているのは、種子は規制されていないから。では、茎と種子にTHCがないのかといえば、微量ながらあります。でも、その茎や種子を大量に摂取して尿検査で陽性反応が出ても、それを有罪にする法律はないんです」(同)

大麻取締法は刑罰法規であるため、罪刑法定主義でなければならない。罪刑法定主義とは、人権保護の観点から国民に「これをやったら罪になります」とあらかじめ告知した行為しか罰してはいけないというルールだ。
「問題なのは、尿検査では大麻の反応が花穂や葉から出たのか、茎や種子から出たのか区別できない点です。そこが曖昧だから大麻取締法で使用罪は成立しないと主張する法律家もいます。正直な話、茎と種子でハイになろうとする人がどれだけいるのかわかりませんが、被疑者とされる人が花穂か葉を吸食したと立証できなければ有罪にならないのが刑事司法のルールです。そこをどうクリアするのか、疑問ですね」(同)
さらにいえば、尿検査自体の正確性にも疑問があるという。
「聞いた事件ですが、20年にわたって大麻を毎日吸っている人が所持で逮捕された際、その数時間前まで吸っていたにもかかわらず、尿検査では陰性だったことがありました。現行の大麻取締法では所持で有罪になりますが、例えば家宅捜索で大麻を押収した被疑者に『それは自分のじゃなくて、友達が自宅に置いていったものだ』などと言い逃れさせないように、実は逮捕後に尿検査を行なって使用も調べる場合が多いんです。でも、まれに反応が出ないことがある。その上で茎と種子の問題も絡んできますから、使用罪が導入されたとしても、もし私が検察側の立場だったら使用のみで起訴するのは躊躇します」(同)
検察官としては日本の刑事裁判における有罪率99.9%を維持したいし、自分が担当した裁判で無罪判決が下ればキャリアにも影響する。ゆえに、確実に有罪証明できない限り起訴はしない。

「では、有罪証明には何が必要かといえば、大麻の花穂か葉という物証であり、すなわち所持と使用のセットで起訴することになる。でも、それだったら所持罪のままで足りるんです。わざわざ使用罪を加える必然性がありません」(同)
しかし、厚労省関係者のB氏はこう語る。
「国としては、厚労省の専門家会議で『専門家も使用罪の導入に賛成した』という既成事実を作り、なんとしてでも大麻を厳しく規制したいようです」
もともと大麻取締法は、所持は違法だが使用は合法という奇妙な法律で、普通に考えれば所持せずに使用するのは不可能だろう。しかし、それでも使用する権利は保障されている。その権利を奪う、つまり人権を縮小する方向への動きは慎重であってほしい。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする