中国発の“闇流通”も横行、欧米は日本の投資額の100倍 新型コロナワクチンの開発を巡る課題を識者に聞く

ワクチン開発についてのインタビューの前編では、米国企業で製造されたワクチンについての見通しを、ワクチン学が専門の東京大学医科学研究所の石井健教授に聞きました(新型コロナのワクチンは「ワープスピード作戦」によって成功 どの製薬会社もプロセスをしっかり踏んだ参照)。

後編では、接種に向けてクリアしなければならない課題や、日本は欧米と比べて、なぜ開発のスピードが遅かったのかといった開発プロセスの問題点について、お届けします。

中国発の闇流通が横行
――日本全国で実際に接種を実施する前に、クリアしなければならない課題は何ですか。

これから1億2000万人の人が3週間の間隔をあけて2回ワクチンを、「3密」を避けて打つという事業を展開しなければなりません。接種する場所は全国です。1カ所で何人に接種するのか、ワクチンを保存するための冷凍庫がどれくらい必要なのか。しかも2回接種になるため、1回接種した人を3週間トレースして、もう一度打ってもらうよう要請しなければなりません。

今年は全国各地で膨大な作業が数カ月間必要になります。全世界で前例のないワクチン接種という大事業が実施されます。米国では日本と事情が異なり、感染者が急増して切羽詰まっていることや、「3密」を回避しやすいなどの理由で接種が始まっています。

その間に何かトラブルが起きると「それ見たことか」といった行政への批判が起きがちです。だからといって何千億円もかけて購入したワクチンを使わないような事態にはなってほしくありません。一人一人が自分のためだけでなく、他人のためを思う気持ちをもって行動してほしいと考えます。

――中国から個人輸入の形で国内未承認のワクチンを手に入れ、日本を代表する企業の経営者やその家族・知人18人など一部の富裕層が接種したと毎日新聞が報じています。ワクチンは中国人コンサルタントが自分で使う以外の目的で持ち込んでいて違法の可能性も指摘されていますが、現実にそのようなことは可能なのでしょうか。

私は1年前から闇の流通ルートがあることの問題点を指摘してきました。どこかの病院が個人輸入することは合法的に可能です。しかし、発展途上国ではワクチンがほしくても買えない人が多くいる状況です。日本の富裕層などがこうした抜け道を使って輸入し、接種することは恥ずかしいことです。人間として一番卑下すべきことではないでしょうか。

――英国で新型コロナから変異したウイルス(変異種)が見つかりました。日本を含むほかの国でも感染力が強いといわれる変異種に対して、ワクチンは効くのでしょうか。

変異種に今回のワクチンが効くかどうかは検証可能です。効くかどうかはすぐに分かります。変異に対応したワクチンはRNAの配列を変えるだけでできますから、変異種が登場したからといって、それほど心配はしていません。短期間に対応ができると考えます。

周回遅れの日本 投資額が雲泥の差
――日本企業のワクチン開発は欧米、中国と比べて周回遅れだと指摘されています。どの点が違うと感じていますか。

研究開発の規模とサポートシステムの面で、欧米・中国と日本とでは雲泥の差があります。米国政府は1兆円を投じ、ファイザーも自腹で2100億円の資金を調達しました。欧州は日本を含む各国から約1兆円をかき集めて投資。中国は国を挙げておそらくそれ以上を投資して開発を急ぎました。一方、日本は20年の2、3月に国としてワクチン開発に使った予算は約100億円程度、しかもこれを基礎研究者、医師主体の評価委員会にかけて、いくつかの産学のチームに振り分けました。投資額だけでも日本と比べて100倍大きい。特に初期投資においての投資規模の格差が明らかにあります。

私が所属している東大医科研でもメッセンジャーRNAワクチンの開発を進めています。3月には臨床試験が可能になりそうで、通常の開発よりは早いのですが、欧米のようにスピードアップはできませんでした。それは投資規模が約100倍近く違ったことが最大の理由です。

――日本で新薬やワクチンの開発のスピードが遅い理由の一つに、臨床試験に応募する人の数が少ないことが挙げられます。米国などではお金をもらって応募する制度もあるようですが、開発スピードを速めるための制度改革はできないのでしょうか。

この問題は以前から指摘されていることで、ワクチン開発の場合も第3相(フェーズ3)の臨床試験は日本ではなかなかできません。どういう改善点があるのか私も過去15年間、いろいろと努力してきましたが、この構造的な問題は一つのボタンを押したからと言って解決できる問題ではないというのが結論です。

日本の航空機産業が、部品は作れても飛行機は作れないのと同じですね。日本の医療分野は過剰な自信がある一方で、現状との乖離が大きくワクチン開発ができていません。サンプル的なワクチンを作ることは可能ですが、安全性の高いワクチンを大量に作るには、大きな組織とそれを実現するためのシステムが必要で、日本にはそれがないのです。

――新しいタイプのワクチン開発で、注射をせずに鼻から吸いこむ吸入型ワクチンが長崎大学で進められているようですが、こうした新しい手法についてどう思いますか。

いろいろなタイプが開発されるのは素晴らしいことで、研究者としては歓迎します。ワクチンは抗がん剤と違って、効けば良いというものではなく、通常の開発には、2年ではなく10年くらいの開発期間が必要になります。新型コロナのワクチン開発は世界中で行われていますが、いろいろな分野の研究者がこのワクチン開発に新規に参入して「破壊的イノベーション」が起きることを期待しています。

研究インフラが壊れている
――日本人研究者の新型コロナに関する論文数が欧米に比べて少ないという指摘もあります。論文発表の面でも日本が立ち遅れているのはどこに原因があると思いますか。

研究者が働いている大学や病院は、研究インフラが壊れています。つまり、人材を養成したり再教育したりすることが行われていない。1人の医師が日中は患者を診ながら、検査もし、書類の提出などの雑用もこなし、夜中に論文を書くということで、研究に専念できる環境になっていないのです。日本の研究者はチームワークが良くて、予算規模は少なくても成果を出していると言われたりもします。ですが、それは虚構です。チームワークといっても、昭和の時代の根性論が年配の研究者に残っていて、若手研究者や学生にはブラックラボといわれ敬遠される時代になっているのです。

ワクチンは公衆衛生の要だと思っていますが、開発に成功してお金や権力を得ようと考えるのではなく、初心に返って皆のため、世界の人々のためと思って活動してほしいですね。そのために次はどういう行動が必要か想像できる若い人たちに期待したいと思います。その意味で、これから半年の間、日本人は日本人、いや世界の幸せのためにどう行動すればよいのか。ワクチンはそれを考えるにふさわしい社会問題の題材になると思います。(経済ジャーナリスト中西享、アイティメディア今野大一)

関連記事より【前編】新型コロナのワクチンは「ワープスピード作戦」によって成功 どの製薬会社もプロセスをしっかり踏んだ、をお読みいただけます。

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