アイデア募集したら不正告発! 「政商」群がるデジタル庁は大丈夫か

デジタル社会をつくるために、皆さんからのアイデアをどしどし送ってください――。そんな呼びかけをしていたら、まさかこんな情報まで寄せられてしまうとは、平井卓也デジタル改革相も夢にも思っていなかったのではないか。

菅義偉総理の肝いりで進められているデジタル庁の来年創設へ向けて、広くアイデアを募集するために設置された「デジタル改革アイデアボックス」に11月29日、「【内部告発】デジタル庁の設立過程に関する癒着と不正について」というタイトルで以下のような投稿がなされたのだ。

『現状デジタル庁の設立に関する検討会の中に「自治体向けシステムを作っている大手ベンダー」がごそっと入り込んでいます。しかも彼らは、地方の自治体に対して「大手ベンダーだから検討会に参加できる。標準化といってもわれわれは切られない。」というようなことを「ご説明」にやってきています。つまり今回の自治体の標準化の検討は、実際には「人口減少社会に対応するために、無駄な競争を避ける縄張りの確定作業」なのだそうです』

ご存じのように、デジタル改革の一つの大きな目的は、国、自治体、民間がそれぞれ独自に整備してバラバラになっているシステムの統一・標準化である。しかし、投稿主によれば、それは建前であってホントのところは、デジタル庁創設に深く関与している大手ベンダーの既存システムへ粛々と寄せていくだけの話なのだという。それがどんなに非効率でも高コストでも、世界の潮流から取り残されたようなガラバゴス的なものであっても、「標準」とされることが既定路線。要するに、出来レースだというのだ。

さもありなんな話である。「持続化給付金」の事務局を受託しているサービスデザイン推進協議会と、大手広告代理店の電通をめぐる疑惑が記憶に新しいが、国の事業を大手企業が「これはオレたちのシマだ」と言わんばかりに丸抱えして、「政商」として利権を拡大させていくことは「あるある」だからだ。

デジタル庁は、長官も含めて多くの民間人を採用していくことを、平井大臣もおっしゃっている。ということは、それだけ「政商」が入り込む余地も大きい。彼らの主導権争いとして、投稿されているようなことが起きていても、なんら不思議はないのだ。

怪しい話だからこそ、取り上げる
とはいえ、この不正告発を全てうのみにすることもできない。この手の検討会に、実績やノウハウがある大手企業の人間がごっそり入りこむこと自体は珍しい話ではない。筆者も、ホニャララ検討会の事務方です、なんて役人っぽい名刺を渡されたが、よくよく聞くと、実は大手企業から出向している方だったなんて経験がたびたびある。

霞が関を動かしているのは、官僚だけではなく、“官僚っぽい大企業の人”もかなりいるのだ。もちろん、それは癒着しているわけではなく、政策を実現するために、その分野でノウハウや実績のある民間の力を活用しているのだ。官僚はどんなに優秀でも、主な仕事は内部調整という事務屋にすぎないので、エキスパートの存在がどうしても必要になってくるのだ。

そのような意味では、大手ベンダーが検討会にごそっともぐり込んでいること自体はそれほど大きな問題ではない。自治体に対して「ウチらデジタル庁に関わってますから」なんてドヤ顔で語るにも、決して褒められたことではないが、自治体に対して、自分たちとの付き合いを大切にすべきだとハッタリをかました程度の話かもしれない。

と聞くと、「じゃあ、そんな怪しい話をわざわざ紹介すんじゃねえよ、人騒がせだな」と感じる人も多いかもしれないが、怪しい話だからこそ、取り上げたのだ。

もし本気で日本政府がデジタル社会をつくりたいのなら、デジタル上の内部告発や不正の指摘に対して、オープンな態度で向き合っていく必要がある。それができるかどうかがデジタル改革の成否を分けると言っても過言ではない。そのような意味で、実は今回の書き込みは非常にいい試金石になる。だから、あえてこうして皆さんにも紹介させていただいたのである。

デジタル社会と、ネット上の不正告発に対応することなどまったく関係ないと思うかもしれないが、このような問題に真摯(しんし)に向き合い、そしてオープンな形で対応することが、実はデジタルイノベーションにつながるのだ、という人がいらっしゃる。

台湾のデジタル担当大臣、オードリー・タン氏だ。

「徹底的な透明性」を重視
10月末、セキュリティカンファレンス「CODE BLUE 2020」の中で、タン氏が特別講演を行った。聴講者からデジタルイノベーションを成功させた要因は何かと問われると、集合知に基づく迅速な対応として「Fast」を挙げた。では「集合知」とは何かというと、タン氏はこのように述べている。

「完全に開かれた自由な社会では、表現の自由が集合知となる」

つまり、開かれた自由な社会で表現されたことに基づいて、迅速に対応できなければ、デジタルイノベーションなんざ夢のまた夢だと言っているのに、等しいのである。そして、デジタル政策に限らず、政府というのは、国民の自由な発言を科学的理解に基づき判断し、知見に変えて、透明性をもって対応することが、あるべき姿だと断言したのである。

実際、日本でタン氏は「ITの天才」として有名だが、実は誰よりも「Radical Transparency」(徹底的な透明性)を重視している人物だということはあまり知られていない。

毎日のスケジュールや、会議での発言、さらにはどのような訪問者が来て、どのような会話をしたのかをフルオープンにしてサイトにアップされる。メディアのインタビューを受けても同様で、その内容は広く公開されている。

これは日本の政治家によくある、「YouTubeチャンネルはじめました」とか「Facebookでどんどん発信します」みたいな上っ面のパフォーマンスなどではなく、もともと政府とはそうあるべきという政治信条の人なのだ。

台湾には、政府に情報公開や透明性を求めるコミュニティーを持つ「g0v(ガブゼロ)」という民営の政治サイトがあるのだが、何を隠そう、タン氏はこのサイトの創設メンバーの1人なのだ。つまり、台湾がデジタルイノベーションを成功させたのは、タン氏が天才だなんだということもさることながら、このような「徹底的な透明性」というブレない姿勢が、改革に対する国民の理解につながり、支持を集めたことも大きいのである。

ここまで言えば、筆者が何を言わんとしているのか分かっていただけただろうか。デジタル改革のアイデアを募った内閣官房主催のサイトに、「政商」の不正や癒着を告発する書き込みがあったのだ。それが事実かどうかはさておき、タン氏ならばスルーはしないだろう。

即座に、検討会のメンバーを全て公開して、事実と違うならば訂正する。大手ベンダーの人がごっそりいるのなら、彼らがいる理由をちゃんと説明して、投稿主が懸念するような事態は起こらないと国民に説明する。そして、もし指摘通りの問題があるのなら、検討会の人選や、創設準備のプロセスに問題があるということなのだから、迅速に対応して問題を解決していくしかない。

それがタン氏の言っている、デジタルイノベーションに不可欠な「Fast」だ。完全に開かれた自由な社会における、表現の自由でもたらされる「集合知」に迅速に対応することで、デジタルイノベーションがもたらされるのだ。

「閉じた社会の感覚」は通用しない
しかし、残念ながら、これまで日本のやり方はまったく真逆だ。国のトップも80過ぎた派閥のドンたちが根回しをして決めていることからも分かるように、建前としては透明性の重要さを説きつつも、「大事なことほど密室で」という暗黙のルールがある。これは民間も同じだ。その代表が、これからはデジタル社会だなんだと偉そうに御託を並べるマスコミだ。

記者クラブという完全に閉じたムラ社会の中で、いかに官僚と仲良くなって、特ダネをリークしてもらうかというジメっとした競争を長く続けてきたせいで、政府は叩いても官僚にはとことん甘い。だから、接待みたいな賭け麻雀で卓も囲むし、酔った役人からバーに呼び出されてセクハラを受けても泣き寝入りするしかない。タン氏の言う「開かれた社会でもたらされる表現の自由」と対極の位置にいる人たちと言ってもいい。

ただ、マスコミ不信が高まっているように、そういう閉じたムラ社会を維持するのは難しくなってきた。「時代」が大きく変わってきているからだ。例えば、筆者が報道対策アドバイザーを本格的に始めた12年ほど前、企業危機管理のセオリーとしては、ネット掲示板やSNSなどに書き込まれる内部告発は、「スルー」が正解だった。

ネットは、誰が書き込んだものかも分からないし、情報の信憑(しんぴょう)性も疑わしいので、まともに対応したらややこしい事態を招くだけ、という「守り」の考え方である。もしマスコミから問い合わせが来てもすっとぼけるか、「そのような情報がネット上にあることはこちらも承知しておりますが、事実を関係を含めて確認中です」とやりすごすと相場が決まっていた。2020年では炎上必至の悪手だが、当時は多くの大企業がそうしていたのである。

しかし、もはやそういう「閉じた社会の感覚」は通用しない。SNSでバイトが炎上しても、企業が謝罪コメントを出さなくてはいけなくなったし、SNS上で不正が告発されるようなことがあれば、何かしらのアナウンスをしなくてはいけなくなった。デジタルによって社会が開かれていくにつれて、「ムラ社会の常識」が完全に「非常識」となったのである。

デジタル社会の最大の障壁
それを象徴するのが、2017年の東レの品質データ不正だ。

実はこの不正、発覚してから1年以上も公表されなかった。東レ社内では公表する気などサラサラなく伏せておくはずだったのである。しかし、その方針が一転して社長の謝罪会見を催すことになったのは、ネットの掲示板に不正を告発されてしまったからだ。会見で、日覚昭広社長はこの書き込みがなかったら公表しなかったと認めている。

榊原定征・経団連会長を輩出した名門企業が、匿名のネット告発に屈した事実は重い。そこからの2~3年、SNSやネットが起点となって大炎上した大企業がいくつもあることからも、時代の変化を身をもって感じていただけるのではないか。では、このようなデジタル内部告発が完全に市民権を獲得した今、デジタル庁創設にまつわる不正・癒着の指摘に対して、日本政府はどう向き合うべきだろうか。

これまでの霞が関の常識ならば、そんな書き込みなどなかったよな感じでスルーだが、もし本気でデジタルイノベーションを起こしたいのなら、ささいな疑惑であろうとも、事実と異なる言いがかりのようなことでも、タン氏のような「徹底した透明性」をもって迅速に対応すべきではないのか。

もちろん、役所の縦割りと同様で、永田町や霞が関の「大事なことこそ密室で」というカルチャーはそう簡単に打破できない。記者クラブの自由化や、政府のやっていることにもっと透明性をという議論になると、どこからともなく、限られた人間だけで物事を決めることの重要さや、良識のあるエリートが情報をコントロールすることの安全性を説く、「密室大好きおじさん」が現れて屁理屈をこねる。

何でもかんでもオープンにすればいいわけではない。国民が誤解をするような恐れもあるので、われわれがしっかりと情報は精査して、報道機関にちゃんと出せばいい。そもそも、政府の議論やメンバーをフルオープンにするなど現実的ではないとかなんとか。

タン氏の言っていることや、やっていることは、この国のエリートたちからすれば、「非常識」極まりないヨタ話なのだ。

実はデジタル社会の最大の障壁は、システムがバラバラだなんだとかいう技術的な話などではなく、ムラ社会の中での足の引っ張り合いにいまだに生きがいを感じてしまう、「密室大好きおじさん」なのかもしれない。

(窪田順生)

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする