【報知美術部】第6弾 NASAが驚いた長岡秀星の想像力

米国でも活躍したイラストレーター・長岡秀星さん(1936~2015年)=写真=の回顧展「SPACE FANTASY―透明な宇宙を求めて―」が、12月8~27日に東京・代官山ヒルサイドフォーラムで開催される。NASA(米航空宇宙局)のスペースシャトル構造図、米バンド「アース・ウインド&ファイアー」らのレコードジャケットなどを手掛けた伝説的存在。果てしない空想と確かな技術が宿る世界をアートテラー・とに~(37)が紹介する。
■「アース・ウインド&ファイアー」らのレコードジャケットを手掛けた伝説的存在
ちょっと信じられないかもしれませんが、これらは現代作家によるCG(コンピューターグラフィックス)ではありません。70年代から約30年間、世界的に活躍した長岡さんが面相筆(眉を描く時にも使う日本画用の極細筆)やアクリル絵の具などを駆使して描いた作品群です。
工芸の世界にも通じる職人芸。驚かされるのは技術ばかりではありません。宇宙をテーマにした作品が多く、描く対象にモデルはない。全て長岡さんのイマジネーションによって生み出された世界なのです。
長崎・壱岐島で高校生の頃からプロのイラストレーターとして活動を始めました。当然、独学。天才としか言いようがありません。70年に単身渡米してからは、ビバリーヒルズを拠点に活躍し続けます。野球ファンでドジャー・スタジアムにも通ったようです。95年に野茂英雄投手がトルネード旋風を巻き起こす四半世紀前に、米国を驚かせた日本人がいたんですね。

NASAからの依頼で宇宙計画の構造図・機構図も手掛けました。《SPACE SHUTTLE》(70年)は、81年初飛行するスペースシャトル計画の実際の機体に重なります。
ミュージシャンのレコードジャケットでも称賛され、「アース・ウインド&ファイアー」に提供した大作《All IN All》(77年)は神話的なスケールを感じさせます。実は、超細密に描き込まれた作品の一部には日本の「地球・風・火」を表現する「風林火山」の文字が隠されています。ぜひ会場で探してみてください。
81年に伊勢丹美術館で開催した展覧会は2週間で6万人を動員し、社会現象になりました。39年後の今、未知の世代の方々に、どのように届くか楽しみです。
テクノロジーがデジタルに移行する以前のアナログの時代。自らのイマジネーションとテクニックによって、誰も見たことがない近未来の世界を生み出していた長岡さんの足跡を今、改めて振り返りたいです。
◆長岡 秀星(ながおか・しゅうせい)本名・秀三(しゅうぞう)。1936年11月26日、長崎市生まれ。疎開先の壱岐島で高校卒業まで過ごし、飛行機と船の絵を描き続けた。武蔵野美術大中退。70年渡米、75年に永住権を得る。90年、秋山豊寛氏が日本人初の宇宙飛行に作品を持参した。2004年帰国。15年6月23日に78歳で死去。F1日本GP、つくば科学万博の公式ポスターも手掛けた。

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