SKYACTIV-Xアップデートの2つの意味

SKYACTIV-Xがバージョンアップする。新バージョンの発売は来年初頭とアナウンスされている。さて、となると興味はいくつかに分れるだろう。何がどう良くなるのかと、何で今バージョンアップなのか。おそらくその2つが焦点になる。

2つの意味
筆者は10月25日にマツダの山口県・美祢試験場に招かれて、そのプロトタイプに試乗した。おそらく興味のある方はすでに他のWeb記事で確認済みだと思うが、出力が132kW(180PS)から140kW(190PS)へ、トルクが224Nm(22.5kgf-m)/3000rpmから240Nm(24.4kgf-m)/4500rpmへと増加した。なお最大出力の発生回転数は変わりがない。改良の詳細については後述する。

で、乗ってどうか。率直にいって、速くなったことが体感できるかといわれたら、ほぼ分からない。ただし、途中の過渡領域のフィールはいろいろと改善されていて、こっちは明瞭に変わっている。相変わらず本質的だが地味なアップデートである。説明する側の身にもなってほしい。

では「何で今?」の方はどうなのだといえば、これまた説明を要する。マツダに厳しい人々の言い分は「SKYACTIV-Xは失敗。だからテコ入れが必要になった」とはやし立てるだろうが、それについては半分Yesで半分Noだ。どういうことかといえば、Mazda3のSKYACTIV-X比率は国内ではわずか5%だが欧州では40%にもなるからだ。

何でそんなに違うのかといえば、価格差だ。端的にいって国内ではひとつ下のSKYACTIV-G 2.0グレードとの価格差が大きく、欧州では小さい。これには2つの要因があって、そもそも2リッターのSKYACTIV-Gグレードの価格が違う。欧州でのそれはモーターが付いたマイルドハイブリッドで、国内ではモーターレス。その結果、日本でだけ、下のグレードの価格差が大きくなっている。CAFE規制がある欧州では、マツダはとにかく全グレードのCO2排出量を下げないとならない局面にあるので、2リッターにもモーターアシストが必要なのだ。

なおかつ、CO2削減を政策的に進めたい欧州の多くの国では、CO2排出量による税の優遇措置が大きく取られているから、CO2排出量96グラムのSKYACTIV-Xは優遇税制の恩恵が大きく、結果的に乗り出し価格の差が少ないのだ。

ということで欧州はいいとして、もうちょっと国内をどうにかしたいというのがマツダの現状であり、やはり端的にコミュニケーションがあまりうまく行っていないことを認めるところから始めないといけない。SKYACTIV-Xの魅力が上手く伝わっていない。

にも関わらず、マツダとしては公式にはあくまでも年次改良であると説明する。かといって、個別のエンジニアと話す限り問題を理解していないわけでもない。

進化過程にあるSKYACTIV-X
夢のエンジン技術であった予混合圧縮着火(HCCI)を火種コントロールの(SPCCI、関連記事)によって実現したSKYACTIV-Xは、そもそも燃焼理論から別物の新発明エンジンだ。

それが普通に回って、ちゃんと不具合なく実用的であるだけでもすごいというのが技術サイドから見た姿なのだが、普通のユーザーにとっては新発明かどうかはどうでもいい。今市場に並んでいるさまざまなエンジンと比べて、ちゃんとバリュー・フォー・マネーなのかどうかが大事なのだ。

という意味では、既存エンジンに比べてすごく力があるとか、とんでもなく燃費が良いとか、値段が安いとかの分かりやすいメリットが欲しい。しかし、残念ながらSKYACTIV-Xは、燃費とパワーのバランスがまあまあ良く、価格は高い。ということでメリットが曖昧だ。

これが欧州のように、国ぐるみでCO2削減を頑張っていこうという明確なコンセプトがあって優遇されるのならいいのだが、日本ではそれがない。日本にはハイブリッドという燃費のスペシャリストみたいなユニットを搭載したクルマが、他国に突出して普及しており、圧倒的な燃費をたたき出しているので、それと比べてさらなる優遇はしにくい。しかもトヨタの新世代ハイブリッドに至ってはトルクデリバリーも驚異的に改善して、加減速フィールまで大幅に改善されている。これと戦わなくてはならないという意味では、ハイブリッドに出遅れた欧州より状況が厳しいのだ。

エンジンの味わいとは何か?
筆者がSKYACTIV-Xの優れているところを挙げるとすれば、それはエンジンフィールが持っている「艶」だと思う。高速燃焼を目指す現代の高効率エンジンは、どうしてもフィールがカサカサしていて味気ない。そういうものをわれわれは時代の流れだから仕方ないとして諦めてきた。しかしSKYACTIV-Xは、生まれたてで技術的に未成熟であるからなのか、そこにかつてのエンジンのような艶がまだ豊富に残っている。

「いやエンジンの艶ってなんだよ?」という人もいるだろう。おっさん世代ならば運転したことがあるかもしれないが、例えばホンダのZC型エンジンにはそういうものがあった。もっといえばローバー時代のミニに搭載されていたA型ユニットが持っていたものだと思う。

A型エンジンの時代には、対ノッキング技術がまだ低かった。現在のように点火タイミングをギリギリまで進められない。そしてキャブレターなので混合気の空燃比精度も低く、燃焼が遅い。そういう速度の遅い燃焼のピーク圧力と鉄シリンダーの共振特性によって醸し出されるフィールには、一種独特な豊かな艶感があった。

ピーク圧力が高まっていけば、燃焼音はディーゼルに近づく。純粋に機械としての効率が向上する代わりに、人の五感に訴える音として気持ちの良いものではなくなっていく。

しかしながら非効率な燃焼は燃費も悪いし、同時にCO2排出量も増えてしまう。艶がどうこういう世界は環境が許さなくなったのである。われわれもそれが避け難い現実だと分かっているから、艶がなくなってカサカサしていくエンジンフィールを諦めて黙認してきた。

しかし、うれしいことにSKYACTIV-Xにはそれがまだ残っている。多分こんなものが味わえるのは今の内だけで、SKYACTIV-Xの燃焼をどんどん理想化していけばやがて失われるものなのだろうと想像している。

もうひとつ、日本では「良いエンジンとは何か?」というところに誤ったストーリーが蔓延(まんえん)してきたところにも問題がある。ある回転から「カムに乗った」ように不意に吹き上がる、例えばVTECのようなドラマチックな二面性。そういう目の前で起こる濃く分かりやすい変化があるものが、エンジンの味だといわれてきたのである。

実は現在の技術からすれば、特定回転数でパワー感のあるエンジンを開発するのは全く難しくないが、今エンジンを開発している人たちはそんなものを作りたいとは毛ほども思っていない。もっと人の感覚にリニアで、身体機能の拡張のように自然な特性を理想としている。

最近EVが増えてきたことで、下からトルクのある動力源の良さが再認識されつつあるが、マツダが目指しているのはそういうものだ。ただし、ここで慎重に除外しておかなくてはいけないのが、低速からのワープ加速みたいなEVの加速味付けである。

ああいうのはVTECの鏡写しであって、ただの濃口(こいくち)、あるいは化学調味料による分かりやすい味に過ぎない。カレーが美味いかどうかの話をしているのに、「どこそこのカレーは何スコヴィルだ」といった辛さの評価値を持ち出すようなもの。根本的にそういう話じゃない。もっと全てに渡って、人の感覚に違和感ないことが目的なのである。

アップデートの中身
さて、SKYACTIV-Xはバージョンアップで何をやったのかをそろそろ説明しなくてはならないだろう。今回のバージョンアップをマツダでは「スピリット1.1」と名付けた。言うまでもなく初期バージョンは「スピリット1.0」となる。一桁をハードウェア、小数点以下をソフトウェアバージョンで表現する。マツダらしいといえばらしいが、スピリット云々は少々暑苦しいネーミングである。そこまで作り手の感情を込めなくてもいいのではないかと思う。手編みのセーターみたいで重い。

改良の内容についても触れておこう。基本的には、EGR(排気再循環)と新気と燃料のミクスチャーの緻密制御である。燃焼速度に対して、新気と燃料はアクセル、EGRはブレーキの役割を果たす。つまりノッキング制御の初手はEGRであり、それで手に負えない領域に入ると初めて点火を遅角する。そのために各シリンダーに設置した圧力センサーで、圧力波形をチェックし、その波形から燃焼状態を割り出して、ミクスチャーの制御を行う。何がどのくらい入っているのかがより精密に分かるようになった。

この分析精度が向上したのがスピリット1.1のポイントだ。遅角すると予圧縮が下がってから点火するため熱効率が激減する。EGRで燃焼速度を抑制すれば、ノッキングを避けながら熱効率の高い圧縮比を保って点火できる。特にSKYACTIV-Xはスーパーチャージャー付きなので、新気の量を能動的にコントロールでき、それとシンクロさせて直噴インジェクターで燃料もレスポンス良く追加できるから、前述のEGRと併せて燃焼速度を速くも遅くもできるのだ。蛇足だが、圧縮着火では火炎伝播に頼らないため薄い混合気に安定的に着火できる。SKYACTIV-Xが期待されているのは、これによる巡航領域のリーンバーンと、すでに説明した点火タイミングの進角状態維持の2つである。

特に過渡期においてトルクの付き方のリニアリティを向上させることを、強く意識して改良が行われている。もっといえば、アクセルの踏み込み速度の速い領域でのトルク増加の反応を速くしている。エンジン開発のボスが言った、「そういう過渡特性を磨いていったら結果的に馬力が上がっちゃいました」という言葉が、その改良の中身をよく表している。

育成系エンジン
面白いのは、これを既納客にも適用する動きだ。マツダでは、すでにSKYACTIV-X搭載車を購入したユーザーに対して、ソフトウェアのアップデートを無償で行うことを検討している。ソフトウェアのアップデートによる機能向上はすでにテスラなどが行っているが、これは本来日本ではグレーゾーンであった。

クルマは国交省の審査を受けて、型式認定が発行される。つまり届け出時になかった機能を後付けするということは審査外の機能が盛り込まれてしまうということで、いろいろと都合が悪い。しかもこれが法規で明確に定められていればまだしも、多くが行政指導によって行われてきた。行政指導は当然のごとく国外には及ばないので、海外メーカーはお咎(とが)めなしというダブルスタンダードが横行してきたわけである。

これが日本のメーカーはソフトウェアアップデートで遅れているという批判につながってきたのだが、今や世界的競争に際して「役所が足を引っ張っている」と言われていることに役所も気付いており、その批判をだいぶ気にするようになってきた。

その結果、国交省は行政指導を緩和する方向に乗り出しており、むしろ世界との競争にポジティブであるといわれたい雰囲気が出てきている。今回のマツダのソフトウェアアップデートはまさにその第一弾となる可能性が高く、それがうまく行けば、日本のメーカーの足かせがひとつ外れることになる。ということで読者諸氏も、是非役所の前向きな改革を褒めて、さらに規制緩和が進む方向へと後押しして欲しいと思う次第である。

ここで筆者が思うのは、もしこうしたソフトウェアアップデートが可能になったら、クルマの楽しみ方が大きく変わるかもしれないということだ。つい先日iPhoneのOSがiOS13から14にアップデートされたが、ネットでは一晩中その検証で盛り上がりを見せていた。例えばスピリット1.1へとアップデートしたユーザーがその感想をネットでコミュニケーションする時代になったとしたら、今までにない自動車の楽しみ方になるだろう。初期型を買った人が馬鹿を見ないだけでなく、そのクルマを育成して楽しむことができる。

筆者のような職業ですら、年次改良の度にそれを全部試しているかといえば、そんなことはない。そういうクルマの進化の過程をオーナーが逐次楽しんでいけることの意味は大きいだろう。

インプレッション
さて、元サーキットでもあるテストコースでの試乗にもかかわらず、試乗のインプレッションに至る前が馬鹿みたいに長いところが筆者らしいが、この改良でクルマがどうなっていたかを最後にレポートしよう。今回美祢では、本コース以外にコース外の移動路や駐車場を使ったパイロンスラロームなどが加えられた特設コースが用意された。

特に広い駐車場に設置された大きな連続S字のスラロームでクルマの特性がよく分かった。オーバースピード気味に進入して、アクセルをオフにすると、リヤタイヤが穏やかに滑り始める。今やこんなセッティングをするのはほぼマツダだけで、記憶にある限り、こういう挙動を示すのはダイハツのコペンだけである。アクセルオフでリヤが出て、オンでそれが収まる。ちなみにマツダの人はこれをバランススロットルと呼ぶそうだ。

アクセルオフによって、リヤ荷重が抜けて、巻き込み系のオーバーステアが起きた時、アクセルを軽く踏み足してやると、リヤの荷重が増えてスライドが止まる。ステアリングだけでなく、アクセルでアンダーとオーバーをコントロールするセッティングだ。このパートをスピリット1.0と1.1で比較すると、明らかに1.1の方がバランススロットルの自由度が高い。挙動変化をより高い解像度で楽しめるようになっている。

こういう変化を魅力的だと思う人にはとても良いアップグレードなのだが、信号グランプリでは大して役に立たない。そういう考え方を筆者は好ましく思うが、さて市場の受け止めやいかにというところだ。

(池田直渡)

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