上場延期で衝撃、中国・アントを知る5つのキーワード

11月5日に上海・香港で同時上場を計画し、史上最大のIPOになると注目を集めていた中国アリババの金融子会社アント・グループ(蟻集団)の上場延期が11月3日に発表された。

アリババの創業者でアントの実質的支配権を持つジャック・マー(馬雲)氏ら幹部3人が前日に中国人民銀行(中銀)など金融当局の指導を受け、上場計画の見直しを迫られたことが理由だ。マー氏が10月下旬に金融制度や当局を批判したことが中国政府の怒りを買ったともされている。

個人株主の応募倍率が上海市場で872倍、香港市場では400倍に達し、今後の成長も期待されていたアントの今後は一気に不透明になったが、そもそも同社がどのような会社なのか日本ではあまり知られていない。本稿ではアントの歴史や事業構造、今後の見通しなどを5つのキーワードからひも解いていく。

1.ECの信用を補完するために生まれたサービス
アントは「アリババの金融子会社」、QRコード決済「アリペイ(支付宝)」の運営会社と説明されることが多いが、同社が設立されたのはスマホ誕生以前の2004年だ。一方、アリペイの競合でテンセント(騰訊)が運営する「WeChat Pay(微信支付)」は13年にサービスを開始した

ローンチ時期が9年違うのは、WeChat Payがスマホ向けメッセージアプリ「WeChat(微信)」の派生サービスとして開発されたのに対し、アリペイはメルカリのような個人間取引プラットフォーム「タオバオ(淘宝)」の決済手段として生み出されたからだ。

1999年に創業したアリババは同年、企業間の取引プラットフォーム「アリババドットコム」を開設、03年にタオバオをリリースした。

両サービスは当初、商品を落札した後の出品者・落札者のやり取りを当事者へ完全に委ねていた。アリババドットコムはローンチ後数年、オンライン上で取引が成立した後に直接顔を合わせて商品やお金のやり取りをする手法が主流で、近場の人との取引がほとんどだったという。個人間取引のタオバオは、企業間よりもさらに信用が担保しづらく、「説明や画像通りの商品を受け取れるか」「お金を払ってもらえるか」に大きな不安がある。信用を高めるために開発されたのが、アリペイだった。

取引成立後、落札者は銀行口座を通じて仮想口座「アリペイ」に入金する。入金が確認されると出品者は商品を発送する。落札者が無事商品を受け取り、タオバオに連絡すると、アリペイから出品者に代金が支払われる仕組みだ。

タオバオの取引の安全性を担保するために生まれたアリペイだが、ユーザーのお金をプールすることで、膨大な取引データも取得できるようになり、その後、フィンテックや信用スコアなどの革新的なサービスにつながっていった。

2.米ヤフー、ソフトバンク間の「無断独立」騒動
アリペイの成長期、アリババの大株主は米ヤフーとソフトバンクだった。だが11年、アリババがアリペイをジャック・マー氏が所有する中国企業に移管したことが判明し、米ヤフーが公に怒りを表明する騒動が起きた。当時、米ヤフーはアリババの株式の43%を、ソフトバンクは33%を所有していた。

アリババは中国政府の新たな外資規制を逃れるための措置で、09年7月の取締役会で報告したと主張したが、米ヤフーは同年5月に米証券取引委員会(SEC)に提出した書類で、アリペイの所有権が10年8月に“勝手に”移されており、米ヤフーがそれを知ったのは11年3月31日だと主張した。

米ヤフーとアリババの対立を受けて、ソフトバンクの株価も急落し、3社は和解に向けた交渉を始めた。

結果、アリババとソフトバンクは同年7月、アリペイの収益の一部を米ヤフーとソフトバンクが間接的に得る仕組みを整える利益配分の仕組みに合意したと発表した。

3.社名変更で「決済」→「金融」→「テクノロジー」へ
アント・グループは設立以来、数度社名を変更している。設立時は「アリペイ」で、サービスの名前を企業名にしていたが、13年に「小微金融服集」、14年にアント・フィナンシャルサービス(蟻金融服務集団)に変更した。

この頃はスマホの普及でアリペイもECの決済ツールではなく、QRコード決済アプリに変貌しており、WeChat Payと“決済大戦”を繰り広げていた。取引から得られたビッグデータを活用して、融資や投資のプラットフォームとしての顔も持つようになっていた。まさに、「アリ」のような個人・零細事業者向けの金融プラットフォームを目指すビジョンを反映した社名変更だった。

次の社名変更は20年6月。社名から「金融」を外してアント・グループ(蟻集団)とした。アントは17年、「フィンテックからテックフィン」にシフトすると宣言した。企業の「金融色」を強めると、当局からの規制が強まるとの懸念も以前からあったのだろう。同社は「アント・グループ」への社名変更とともに、金融のデジタル化を支援するテクノロジー企業との立ち位置を明確にした。

一方で、11月14日、中国人民政治協商会議常任委員で、中国銀行行監督管理委員会元主席の尚福林氏は中国で開かれたフォーラムに登壇し、「伝統的な金融業態であろうが、アントのような業態であろうが、金融業のルールを順守しなければならない。市場効率を高めつつ、リスクを防ぐ必要がある」と発言しており、アントの事業領域が金融とテクノロジーのグレーゾーンに位置することが、今回の上場延期の背景になったことが読み取れる。

4.ユーザー10億人、年間決済額は1800兆円
アントが上場申請時に提出した目論見書によるとアリペイは10億人のユーザーを抱え、20年6月の月間アクティブユーザー(MAU)は7億1100万人だった。サービスを利用する事業所は8000万を超え、2000以上の金融機関が業務提携している。アリペイはモバイル決済機能だけでなく、アプリ内アプリ「ミニアプリ」が100万以上あり、配車や旅行、出前などミニアプリでの取引を含めると、20年6月までの1年間で、アリペイ上で行われた決済額は118兆元(約1800兆円)に達した。

アントはAIとビッグデータを利用し、個人と零細事業者に銀行より利便性の高いサービスを提供し、債権の回収率も高い。

15年に正式リリースした信用スコア「芝麻信用(セサミクレジット)」は、アリババのECサイト、アントの金融サービスの利用状況、さらには警察や公共機関と連携し、光熱費や家賃の支払い、引っ越し、交友関係も含めた膨大なデータからユーザーの信用を350~950の範囲で数値化。信用スコアが高い顧客に対し、敷金やデポジットの免除、料金の後払いなどの優遇措置を提供する。

また、従来金融機関に相手にされなかった個人と零細事業者の返済能力をAIが審査し、無担保で融資を行うサービスも開発した。ユーザーが融資を申請すれば、AIが数秒で審査し、融資限度額や利率などの結果を示して、即座に入金する。

目論見書によると、20年6月30日までの1年だけでも個人の5億ユーザーがアント経由で融資を受け、その額は1兆7320億元(約27兆円)。30日以上の延滞率は1.56%、90日以上は1.05%にとどまった。

アントの融資プラットフォームは消費者向け、零細事業者ともに中国トップとなっている。また、同社は金融機関と提携した投資商品や保険商品の販売プラットフォームも手掛けており、目論見書によると20年6月末時点で、オンラインで運営する投資商品の資産管理額は4兆986億元(約64兆円)だった。

5.「上場中止」「半年延期」で割れる
アントの評価額は、上場前に2800億ドル(約30兆円)に達し、世界最大のユニコーン(未上場で評価額10億ドル以上のスタートアップ)とされるショート動画アプリTikTok運営企業のバイトダンス(1400億ドル)の2倍に上る。

8月、アントが上場を発表したとき、株式市場は色めきだった。同社の株式は、アリババ創業者のジャック・マー氏が間接的に約半数を所有しており、アント初期メンバーも多くの株式が付与されているため、上場すれば多数の億万長者が出現する。

また、同社のIPOには個人株主の応募が殺到し、倍率は上海市場で872倍、香港市場でも400倍となった。

史上最大規模のIPOになるはずだったアントの今回の上場延期の衝撃は大きく、米メディアは「ジャック・マーの当局批判に習近平国家主席が激怒し、アントの上場は中止される」と報じている。

アントはその後、規制を順守する声明を発表し、コンプライアンス責任者を任命するなど、体制の再整備に動いている。

「上場中止」も取りざたされるアントだが、中国の株式市場の活性化を目的に、上海と香港市場を上場先に選んでおり、中国では「半年前後延期される」との見方が多い。ただし、政府がアントの規制強化に動いていることは明白で、事業の成長性については個人投資家の間でも意見が割れている。

(浦上早苗)

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