在宅勤務中、慣れないイスで腰痛に……労災おりる? 社労士に聞いてみた

新型コロナウイルスの影響で、急速にテレワークが普及した。これまで自宅で働くことを想定しておらず、環境を整えられないままテレワークに突入したビジネスマンは多いのではないだろうか。

筆者も、テレワークを始めてから椅子が合わずに腰を痛めた。接骨院にかかったところ「けがの一歩手前」と診断された。

では、実際にけがをしてしまったら労災はおりるのだろうか。慣れないテレワークで腰や肩を痛めてしまった――そのような時、従業員はどのように対応したらいいのだろうか。また、従業員に相談されたときに労務担当者が気を付けるべき点は何だろうか。

約500社のクライアントを抱える社労士事務所、大槻経営労務管理事務所の大槻智之代表に話を聞いた。

――最近、自宅でのデスクワークにより腰が痛いのですが、デスクワークで労災がおりるのはどのような時でしょうか。

大槻さん: デスクワーク中の労災認定は基本的に難易度が高いです。腰痛であれば重い物を持った、狭い場所での作業を指定された、ということであれば認められますが、そうではない場合が多いからです。

労災では「想定され得る事故が発生してしまった」という状況であるかどうかが重要です。つまり「その状況であれば多くの人がけがをする」という場合は労災がおりることが多いです。しかし、「同じ状況でも100人中1人しかそのけがをしない」ということであれば、もともと腰が弱かったなどその人特有の症状ではないか、と考えられることが多いです。

――デスクワークによるけがで、労災がおりた実績があるのはどのような症状でしょうか

大槻さん: 腰痛よりは腱鞘炎の方が事例は多いです。仕事が起因するものだと証明しやすいからでしょうね。腱鞘炎は実際にタイピングで動かす場所ですし、仕事以外で発症しにくいので説明しやすいと思います。

――では、在宅勤務で慣れない椅子で腰痛になった場合の労災認定は難しいでしょうか

大槻さん: 腰痛は普段の生活も起因しますから、これまで通りの判断基準ですと難しいかもしれません。ただし、在宅勤務の問題に絞ると、コロナ禍以降の申請を労働基準監督署が調査している段階です。まだ判断がついていないものが多いです。

――コロナ禍以降の在宅勤務での労災については、まだあまり事例が出ていないということでしょうか

大槻さん: あまり出ていないですね。ただ1件、腰痛で不支給になった事例を聞きました。実際に私が担当した案件ではありませんが、ある方がテレワークで腰痛を起こし、労災の申請をした際に座っている写真を証拠として添付しました。ただ、その座り方がとても崩れていたようです。労基署のヒアリングによると、その方は普段からそのように崩した姿勢で座っているとのことでした。この場合個人の座り方に問題があるのであって、仕事が原因ではないと判断されます。

――個人の座り方に問題があるときは会社に責任は問えないのですね

大槻さん: 労災には業務遂行性と業務起因性という2点の判断基準があります。業務遂行性は仕事中に起きたものであるかどうかということ。そして業務起因性は仕事が原因かどうかということです。

例えば仕事中に持病で倒れたとしても、それは業務起因性がないので労災になりません。ただし、倒れてけがした場合は起因性があると考え、そのけがは労災になります。在宅勤務で社外にいる時も考え方は同じです。個人の座り方に問題があった場合は、起因性がないと考えます。

――コロナ禍では多くのビジネスマンが急にテレワークに対応せざるを得ませんでした。このような際、原則として出社禁止となり、狭い家で作業中にけがをした場合、それは業務起因性があるとの判断でしょうか。それとも座り方に問題があった場合と同様に難しいのでしょうか

大槻さん: これから変わるのではないかと考えているポイントです。在宅勤務をする方に向けて厚生労働省がガイドラインを出しています。そこでは作業場所と生活空間を分けるべきだとされていました。自宅作業での労災認定は簡単ではありませんが、空間を分けると、作業場所となっている部分は労災を認められやすいというメリットがあります。

コロナ禍で在宅勤務をする方が爆発的に増えましたが、誰もが作業場所を整えられる訳ではない状況です。これからいろいろな事例が出てくるポイントだと思います。

――在宅勤務をする方に向けたガイドラインとは、どのようなものでしょうか

大槻さん: 厚生労働省による「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」というものです。これはパソコンを使い仕事をする方の作業環境を定めたもので、在宅勤務についてもそれを参考に指導するように求められています。

その中には、椅子の指定もあります。背もたれとひじ掛けを備えていて高さ調節ができる椅子――というような内容です。しかし、これはコロナ禍の前だから成り立っていたと考えています。急にこのような状況になって、準備できないことも多いですし、会社も従業員に椅子を手配できるかというと難しいですよね。

そのため以前と違って、「このガイドラインに沿った環境を整えていないから労災とは認めない」とは言いきれないだろうと個人的には判断しています。急な在宅勤務で業務の起因性が判断しづらい場合、本当に仕事中に起こったのかどうかという業務の遂行性の有無が争点になると考えています。

――本当に仕事中に起こったのかどうか、というのは在宅勤務の場合どのように説明すればいいのでしょうか

大槻さん: 記録を取っておくことが重要です。勤怠や仕事場所のログが一定期間分確認できれば、証拠として信ぴょう性が高いと考えます。在宅勤務で勤務時間があいまいになっている人も多いと聞いています。記録がないからダメとは言いませんが、あとから証明するのに時間がかかります。

――その他に、気を付けるべき点はありますでしょうか

大槻さん: 会社で決めているテレワークのルールを守っていることはとても重要です。例えばテレワークの場所は自宅に限ると指示されているにもかかわらず、カフェで仕事をしていたというような場合は本当に仕事中のけがだったのかという判断が難しいです。

けがをした直後は、相当余裕がなければ別ですが、まずは会社に状況を報告してから病院に行きましょう。現場の写真もあるといいです。病院は労災の指定病院がありますので、調べて利用しましょう。

もし会社が対応をしてくれない場合、労災は従業員が自分で申請することもできます。そのような場合も同じような情報と手順が必要です。

――企業の労務担当者が従業員から労災の相談をされたときに、注意すべき点はありますでしょうか

大槻さん: 「労災で大丈夫だよ」と安易に言わないことが大切です。これは普段から気を付けるべき点ですが、テレワークでの労災は特に事例も少ないのでより慎重になるべきだと思います。労災は最終的には労基署が判断することですから、絶対通るとは言えません。「監督署に相談して、進めます」と伝えるのがいいでしょう。

労災が下りなかった場合、健康保険での適用となり治療費の3割は従業員が自己負担することになります。企業から労災が適用されると伝えられたのに自己負担となった場合、従業員とのトラブルの原因になります。

それから非常に重要なのは、テレワークのルールを定めておくことです。残業について、休憩について、作業場所についてなど詳細に定め、実態に沿っているかを把握する必要があると思います。労災が起きてから、蓋を開けてみたら従業員が「毎日18時間働いていました、過労です」といった申告されてしまうと、対策できなくなってしまうと思います。実際に仕事していたかどうか分からない状況で、ルールもなく勤怠も実情に沿っていないとなると、労災だけではなく民事損害賠償にまで発展する可能性もあります。

コロナ禍ではテレワークの必要性が急に生じたので、特に中小企業ではちゃんとしたルールを設けないまま対応した企業も多いかもしれません。既に緊急事態宣言前の働き方に戻している場合は大丈夫ですが、今後も従業員の在宅勤務を続けたいと思うのであればこの時期にちゃんとした制度を整備すべきと考えております。

――ありがとうございます。労災の基準や対応法がよく分かりました

大槻さん: 従業員本人も、労務担当者も、労災が起こった場合はできる限り詳細にその時の状況が分かるように情報を集めることが重要です。それをもとに労基署が判断します。

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