ネスレ日本を率いる47歳、深谷社長が描く未来像とは

コーヒーの「ネスカフェ」やチョコレート菓子の「キットカット」などを製造・販売するネスレ日本(本社:兵庫県神戸市)は、2020年4月1日付で深谷龍彦氏の代表取締役社長就任を発表した。今回マイナビニュースでは、9月に47歳になったばかりという若き社長に、就任の経緯や今後のビジョンについてインタビューした。

どんな就職活動だった?
世界最大の食品・飲料企業ネスレ(本社:スイス)の日本法人である、ネスレ日本。コーヒーの「ネスカフェ」や、チョコレート菓子の「キットカット」でなじみがある、という読者も多いことだろう。

そんな大手外資系企業の日本法人社長に就任した深谷氏。そもそも同氏がネスレ日本に入社したのは1996年4月のことだった。当時、どんな就職活動をしていたのだろうか?

「ネスレは1913年に日本に参入してきた企業。当時でさえ80年以上の歴史がありました。ですから、外資系というイメージがあまりないまま入社を決めたのが正直なところです。実際に働いてみても、その感覚は変わりません。たしかにスイス本社と会議をしたり、社内の資料が英語であったり、という外資系らしい部分はあります。その一方で、定年まで勤め上げる社員も多い。外資系と日本企業の特徴が融合している、面白いカルチャーがある会社ですね」。

どの会社に入りたいか、ではなく、会社で何をしたいか、に重きを置いた就職活動だったと深谷氏は振り返る。「ひとくちに『就職活動』と言いますが私に言わせれば、みんながやっているのは『就社活動』でしょう。私はマーケティングの仕事に携わりたかったので、業界にもこだわらず、とにかくマーケティングの強い企業を受け続けていました。ある会社の面接では『なぜ同じ業界を受けていないのか』と聞かれたこともあります。実際、食品業界はネスレ日本しか受けておらず、ほかにはP&Gさん、花王さんなどを受けていました」。

1996年にネスレ日本へ入社し、最初の5年間は広島支店(現 中四国支社)で営業として働く。これが商物流の勉強にもなった。そして2001年6月、ネスカフェ事業部(現 飲料事業本部)に配属され、マーケティングに携わるように。2003年11月にはココアモルト飲料事業部 マネジャーとなり、3年間で麦芽飲料「ミロ」の売上を回復。2006年にコーヒープロジェクトグループ マネジャーに就任すると、コーヒーマシンの「ネスカフェ ドルチェ グスト」「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ」や、詰め替え用カートリッジ「ネスカフェ エコ&システムパック」の開発・発売などをゼロから手がけていった。
付加価値のあるサービスを提供する
日本では少子高齢化が急速に進み、人口減少が社会問題となっている。そんな時代に、企業はどうやって存続したら良いのだろう。

「食品メーカーにとって、胃袋の数が減り、胃袋のサイズも小さくなってきている現在は、非常に厳しいビジネス環境にあります。ですので、高度経済成長期のように、物量だけを追っていてはいけない。これからは商品1個あたりの付加価値を高める時代。これを10年くらい言い続けています」と深谷氏。

カプセル式コーヒーマシンの「ネスカフェ ドルチェ グスト」は、そうした時代に対応した製品だった。

「ひと昔前なら、同じ味のコーヒーを何杯分もまとめて作れるマシンが重宝されました。しかし近年は1人・2人世帯が増えている上に、人数の多い家族であっても各々の好みは細分化している。そこで『ネスカフェ ドルチェ グスト』を発売しました。コーヒーだけではなく、カプチーノやカフェラテ、ココア、抹茶など1杯分ずつ好みに合わせて作ることができます。現代人の生活に完全にフィットしており、ビジネスも大きく成長しました」。

深谷社長が「食品メーカーが家電に参入し、コーヒーマシンのカテゴリーでNo.1シェアを獲得した」と胸を張る、この「ネスカフェ ドルチェ グスト」。DX(デジタル・トランスフォーメーション)の取り組みとも相性が良いという。

「現在はスーパーやECサイトなどで得られる消費者のPOSデータが重要視されています。でも我々は、ほかの誰も持っていない情報を得ている。それは飲用時点の情報。何時何分に、誰がどのコーヒーを飲んだ、という情報をIoTに対応したコーヒーマシンを通じて得ることができるのです。これらのデータを蓄積して、今後、さらに付加価値のあるサービスを提供していきます」。

ところで、「ネスカフェ ドルチェ グスト」の展開に際しては『コーヒーマシンをコンビニで売る』という戦略をめぐって、スイス本社と大喧嘩したという。深谷氏は苦笑いをしながら、当時を振り返った。

「海外の考え方だったら、コーヒーマシンは家電量販店やホームセンターなどで売るのが当たり前でしょう。でも日本は違う。まず自分事として考えたとき、家電量販店には年に3、4回しか足を運ばない。見たことも聞いたこともないコーヒーマシンを、たまたま足を運んだ家電量販店で購入するだろうか。自分だったら購入しない、と思ったんです。こういうコーヒーマシンがあるんだ、と世間に知ってもらうため、まずは多くの人が週に何度も訪れる場所で売りたかった。それがコンビニでした。コンビニのレジ前で見て、触って、試してもらう。それがイチバン効果的だという説明をスイス本社にすると、最終的に納得してもらえました。(※その後は、家電量販店でも販売を拡大)ネスレではThink Globally, Act Locallyという方針を大事にしています。ブランド戦略はグローバルで考えますが、具体的なアクションは、日本人に合わせてローカライズして行う。これがネスレの考えです」。

英語は落第点だった!?
深谷氏は2013年11月にスイスに渡り、ネスレ S.A. ゾーン AOA アシスタントリージョナルマネジャーに就任した。そもそも、英語は得意だったのだろうか。話は再び、就職活動当時に戻る。

「英語に関しては、ネスレ日本の最終面接でも『話せるんですか』と聞かれました。そのとき、正直に『まったく話せません。内定をもらったら勉強します』と言ったんです(笑)。アメリカ人の子供でも話せるのなら、時間を使ったら誰でも話せるようになれるんじゃないですか、と生意気を言っていた。そうしたら本当に内定をもらったので、これはやばい(笑)と思い、内定が決まった次の日に英会話の勉強を始めました」。

「入社前から英会話教室に週3~4で通い始めたのですが、初めて受けたTOEICの点数はさんざんでした。ネスカフェ事業部に移ってから日常的に英語を使うようになった2006年当時で、やっと750点くらい。その後も日常的に英語に触れる環境で仕事をし、2年に1回TOEICを受けていくんですが、2008年に受けたときは、何だかめちゃくちゃ簡単に思えた。30分くらい時間を残して『仕事あるので帰ります』と伝えました。結果は940点だった」。

「だから英語に関しては、日々、使うのが良いと思います。マイナビニュース読者の方々にも伝えたいですが、英語はハードルの高いものと思わなくて良いんじゃないか。自分自身がそうだったので。イチバン難しい言語である日本語が話せるんだったら、英語も絶対に話せるようになります。怖くないですよ」。

お前なら、何でも壊すやろ
スイスから戻り、2016年1月に常務執行役員 飲料事業本部長に就任。2020年4月1日に代表取締役社長に就任した。このとき、どのような経緯があったのだろうか。

「今から10年前に高岡浩三が社長に就任したのですが、それまでは、生え抜き社員の日本人が社長になった例はありませんでした。高岡が会社の知名度を上げ、業績も伸ばした。そうした流れもあり、次の後継者を探す中でスイス本社が私を指名してくれました。ところで高岡には、常々『日本人ならお前しかいない。お前なら、何でも壊すやろ』と言われていました。例えば、5年間成功してきたビジネスモデルがあったとしましょう。でも、その後の5年間で成功し続けるかは分からないじゃないですか。それがたとえ高岡が育ててきたビジネスモデルであっても、先がないと思ったら平気で壊す。そんな私の気質を、高岡は見ていてくれたのだと思います」。

前任者の高岡浩三氏が植え付けたのは、いかにイノベーションを巻き起こしていくかというカルチャーだった、と深谷氏。それが現在のネスレ日本の強みになっており、これからもっと伸ばしていきたい部分だと語る。

「ただ、イノベーションという言葉の響きは良いんですが、そんなに簡単に見つかるものではありません。そして見つかったとしても、強いブランドがないとなかなか前に進めることは難しい。さらに、ブランド力のある企業に真似をされる可能性もある。だから、商品だけでイノベーションはやりません。例えば、自社のある戦略についてプレゼン資料をつくったとします。でも、資料にあるネスレの名を競合企業の名に書き変えたとき、それでも意味が通るんだったら、それはもう戦略ではありません。商品だけでイノベーションをやろうとしても、すぐに真似されます。ヒット商品のコピーはすぐに出てくる。でもそこに、サービスやビジネスモデルの付加価値がついてくれば真似できない。オンリーワンの戦略がつくれる。そういうマインドを、ネスレの社員は持っている。それは、すごく強いことだと思います」。

悩んだら原点に立ち帰れ
最後に、マイナビニュース読者(20代の若手ビジネスパーソン)にメッセージをお願いした。

「自分は何を思ってこの会社に入ったのか、何をしたかったのか、何を成し遂げたかったのか。そうした志は、中堅社員になるにつれてどんどん忘れ、薄れていくものかもしれません。日々の仕事の中で夢を忘れ、夢が遠のき、『忙しい』を言い訳にして努力を怠ってしまう。でも、重要な決定をするときに立ち返る考えがある、というのは将来的に大事になります。自分が立ち戻れる起源があると、腹落ちできるし、もっと頑張らないと、と思えてくる」。

「それは企業にとっても同じです。ネスレは何のために存在しているのか、それが事業を決定する拠り所になる。企業にとってのパーパス(存在意義)があり、個人にとってもパーパスがある。自分をひとつの商品として考えてみましょう。ひとつのブランドと考えてみれば、自分にはどんな価値があって、周りのライバルがどんな強みと弱みがあるか、客観的に見えてくる。だから今後、どうしていくべきかを考えられる。中堅社員になると悩むことは増えますが、原点に立ち帰ることでモヤも晴れるのではないか、と思っています」。

写真:カワベ ミサキ

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする