オフィスのソーシャルディスタンスを確保するには? ウィズコロナで活用進むHR Tech

すっかり定着した感のある「アフターコロナ」や「ウィズコロナ」という表現。いずれも新型コロナウイルスの感染拡大により、私たちの仕事や生活の様式が一変することを示唆した言葉だ。特にウィズコロナは、新型コロナウイルスを完全に抑え込むことは難しいという認識が広がりつつある今、より現実味を帯びたものになっているといえる。

そんなウィズコロナの世界をどう構築していくか。人事の領域ではいわゆるHR Techへの期待が高まっている。今回のパンデミックは、HR Techの導入やそれらを巡る議論にどのような影響を与えているのだろうか。

ソーシャルディスタンスを実現するテクノロジー
ウィズコロナの世界で、最も期待されているテクノロジーの役割の一つが、ソーシャルディスタンスの実現だ。特にデジタル技術は、これまでも人間の活動をデジタル化することで、私たちに物理的な距離がもたらす制約を乗り越える力を与えてくれていた。ウィズコロナの世界では積極的に「距離は取るべき」となったため、距離を乗り越えるデジタル技術の重要性は大きく増している。

その好例が、Web会議ツールの躍進だ。例えばZoomは今回のパンデミックで知名度が大きく向上した。2019年末からたった4カ月間で、1日当たりの会議参加者数が1000万人から3億人以上へと急増したと報じられている。

もちろんWeb会議を利用するのは人事部だけではないが、「人」を扱うのが人事部である以上、こうしたソーシャルディスタンスを実現するテクノロジーは重要なHR Techになっていくといえるだろう。

エン・ジャパンが5月末~6月上旬に実施したアンケート調査では、オンライン面接をしたことがある企業は26%という結果が出ている。導入時期は「1~3カ月前」が最多で、導入理由の1位は「新型コロナウイルス感染拡大を受けて」だった。また、オンライン面接の実施経験がある企業の71%が「今後も積極的に実施する」と回答しており、採用面接や入社後の面談、キャリアカウンセリング、さらにはOJT・Off-JTのような人事系コミュニケーションでオンライン化が進むと考えられる。

ソーシャルディスタンスの実現をテクノロジーで支援する方法として、もう一つ期待されているのが、勤怠管理の分野だ。いま多くの国や都市で、経済を回しながらパンデミックを防止するために、大手企業を中心に出社率を制限する呼び掛けが行われている。大規模なロックダウン(都市封鎖)を行わない代わりに、オフィスに集まる人間の数を抑制することで、ソーシャルディスタンスを実現しやすい環境をつくるわけだ。

そのためには、いつ誰がオフィスに出社するのか、あるいはサテライトオフィスを利用するのか、出社後にどの席を使用するのかといった管理が必要になる。もちろんこうした管理をアナログで行うこともできるし、ExcelやOutlookなど汎用的なツールで補助することもできる。しかし企業の規模が大きくなればなるほど、そうした管理は煩雑になるため、高度な勤怠管理ツールの必要性が増す。

例えばカルビーは、ワークフローシステム「ServiceNow」を利用して、従業員の出社状況をリアルタイムで把握する仕組みを開発している。同社は新型コロナウイルスの感染拡大を受け、6月25日に新しい働き方制度「Calbee New Workstyle」を始めると発表した。

そこではモバイルワークを標準化し、出社率を30%以下に抑えるという目標が設定されている。この目標の達成状況を把握するためにも、高度な勤怠管理を行うシステムが必要とされたわけだ。

ソーシャルディスタンスを実現するために出社状況を把握しようとすれば、さらに部課やチーム単位でのきめ細かな管理が求められる。また万が一、感染者が発生した場合には、濃厚接触者を洗い出すために「誰がどの席に座っていたか」を後から確認できなければならない。ウィズコロナの世界では、単なる勤怠管理を超えた、より高度な出社状況把握を可能にするツールが模索されるだろう。

健康管理がHR Techの重要分野に
こうした出社把握はさらに、より広範囲な従業員の行動追跡や、健康状態の把握にまで拡大する可能性がある。実際に一部の企業では、従業員に対して、システム上で体調報告や記録を行うよう求めているところもある。

実は米国企業を中心に、今回のパンデミック以前から、デジタル技術で従業員の健康管理に取り組む企業が増えていた。その狙いは、企業が従業員のために支払う医療保険コストの抑制である。日本のような国民皆保険制度のない米国では、企業に勤める人の場合、その企業が福利厚生の一環として提供する医療保険を利用することが一般的だ。そうした医療保険のコストが企業にとって大きな負担となっており、企業は従業員を健康に保つため、さまざまなテクノロジーの助けを借りるようになっている。

例えばヴァージン・グループ傘下のヴァージン・パルス社は、契約企業の従業員に対し、スマートフォンアプリやウェアラブルデバイスを提供。自身の健康状態や生活状況に関する情報を入力してもらったり、センサーによる活動データの収集を行ったりして、各種情報を蓄積する。これらを分析することで、従業員の心身の健康状態を把握するとともに、トレーニングなどのさまざまな健康増進プログラムを提示している。

こうした企業による従業員向けの健康増進活動は「コーポレートウェルネスプログラム」と呼ばれ、ヴァージン・パルスの他にも複数の有力プレーヤーが登場している。

ウィズコロナの世界では、デジタル技術による従業員の健康管理のニーズがさらに高まると予測されている。従業員の健康状態をリアルタイムに近い形で把握することで、例えば発熱などの症状が出ている従業員の出社を、事前にやめさせる(エントランスに設置したサーモグラフィーで発熱を把握するような水際対策で満足するのではなく)といった対応が可能になるためだ。

また新型コロナウイルスに関しては、まだ不明確な部分が多い一方で、感染や重症化のリスクが高い人物の属性や生活パターンが明らかになりつつある。コロナ対策だけに限らないが、感染リスクの高い従業員(過労状態で免疫力が下がってる可能性があるなど)に対しては、出社を禁止したり休暇取得を勧めたりといった対応が取れるだろう。そうした判断を可能にするツールとして、健康管理系のアプリケーションが企業に浸透していく可能性がある。

プライバシーをめぐる議論
その一方、これらの管理ツールに対しては、知られたくない(知らせる必要のない)個人情報まで会社に知られてしまうのではないかという懸念が示されている。またそうした情報を雇用主に提供するのがやむを得ないとしても、恣意的な運用がなされないか(不当な理由で解雇する際の言い訳として、健康上のささいな問題が強調されるなど)という不安の声もある。

例えば3月19日、国連と米州人権委員会、メディアの自由に関するOSCE代表が共同で、テクノロジーを使用した感染者の把握・行動抑制に関して次のような声明を発表している。

「私たちは新型コロナウイルスの広がりを追跡するために、監視技術のツールが使用されていることを認識している。パンデミックに立ち向かうための積極的な努力の必要性を理解し、支持するが、そのようなツールは目的と時間の両方の面で使用が制限され、プライバシー、差別の回避、ジャーナリストの情報源の保護、その他の自由に対する個人の権利が保護されることも非常に重要となる。国はまた、患者の個人情報を保護しなければならない。このような技術のいかなる使用も、最も厳格な保護を順守し、国際的な人権基準に合致する国内法に基づいてのみ利用可能であることを強く求める」

これは企業内ではなく、社会一般での政策を念頭に置いた声明だが、一企業が新型コロナウイルス対策で情報収集する際にも同様の配慮が必要だろう。他の企業も導入しているからといった単純な理由で、プライバシーや人権に関する検討を省略してHR Techが採用されるといったことはあってはならない。

とはいえ興味深いことに、これらの管理ツールを巡っては、従業員の側に一定の理解が生まれているようだ。

HR Techサービスベンダーのクロノスがスポンサーとして実施したものではあるが、8月に発表されたアンケート調査結果によれば、回答者(企業の従業員)の約半数(世界全体で48%、米国で50%)が、雇用主が従業員のスケジュールに関する記録をトラッキングし、職場でウイルス感染者が出た場合には接触者を特定するなど、感染防止に向けた取り組みを行うことについて、「非常に」あるいは「かなりの程度」賛成だと答えている。雇用主による接触者の追跡に対して、全く賛成しないと回答したのは、世界全体で14パーセントだけだった。プライバシー侵害の懸念よりも、感染リスクに対する不安の方が上回っているわけである。

この傾向がどこまで続くかは分からない。新型コロナウイルスの新規感染者数が減少してくれば、情報収集やトラッキングに対して、反発を覚える従業員も増えてくるだろう。従って関連システムを導入して一件落着ではなく、その後も運用方法やリスク管理、コンプライアンス対応などにおいて、継続的な検討が求められている。その結果、リモートワーク制度においても起きているように、一度導入したシステムや制度を「流行が落ち着いてきたし、面倒だから」という理由で止めてしまう企業も出てくる可能性がある。

人間は変化を嫌う生き物だ。特に日本社会では、良くも悪くも伝統や前例が重んじられる傾向があり、新しいテクノロジーの導入は抵抗を受けることが多い。しかし危機にひんしたとき、これまでになかった手法を試してみることは、比較的受け入れられやすい。第二次世界大戦中、英国のウィンストン・チャーチル首相は「この危機を無駄にするな」と述べたという。誤解を恐れずに言えば、今回のパンデミックもより良い世界を構築する「チャンス」だと捉える日本企業が増え、HR Techの導入がさらに進むことを期待したい。

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