ハーバード仕込みのゲーム理論 気鋭の経済学者が語る「コロナ禍の行動」と「部下の育成法」

利害関係のある相手がいる状況で、自分と相手の利益を考え、最適な行動を決める――。そのための思考法を「ゲーム理論」と呼ぶ。ゲーム理論は経済学における1つの理論として分類されていて、ビジネスの世界でも活用されることの多い実践的な学問だ。

新型コロナウイルスの影響により、経営者やビジネスマンにとって難しい意思決定を求められる場面は出てきている。そのような状況の中で、ゲーム理論を学ぶことは仕事のうえでも役に立つことが少なくないだろう。

そんな折、米国・カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院で准教授として活躍する35歳の経済学者・鎌田雄一郎氏が『16歳からのはじめてのゲーム理論 “世の中の意思決定”を解き明かす6.5個の物語』(ダイヤモンド社)を上梓した。同書は経済学の中では比較的新しいゲーム理論をタイトル通り子どもでも理解できるよう、難しい表現や数式などを使わずに、ネズミの親子の物語形式で進むストーリーで構成されている。

不確実性の高い現代において、経営層や管理職はどのようにゲーム理論を活用すればよいのか。鎌田氏に聞いた。

自分にとって望ましい状態になるよう先手を打て
――2020年はコロナ問題に世界中が振り回されています。収束の兆しが依然として見えないなかで、経営者はどのような対応をすればいいのでしょうか? 第二波、第三波が懸念され先も見えない中で、不確実性に備えて守りを固めるべきなのか。それとも、競合が弱っていくなかでリスクを取って攻めていくべきなのでしょうか。必ずしもゼロイチの話ではなく、実際には攻めと守りのバランスをどう決定するのか、ということになるかと思いますが。

非常に難しいですね。全ての会社が攻めるというのも、全ての会社が守るというのも、ゲーム理論の予測しうる状態とは考えづらい。仮に自社以外の会社が全て守っているなら、自社は攻めた方が良い。他社の状況に依存する形で、自社の行動を決定しなければいけない状況だと思います。ゲーム理論でいえば、予測として起こりうることは、「A社が攻めてB、C、D社は守る」ということもあるだろうし、「B社だけが攻める」など、いくつもあり得るんですね。

どのシナリオが自社にとって理想なのかを考えてから、そのシナリオが実現するように先手を打つのが良いと思います。

――先手を打つのが良いという話がありましたが、よく先行者メリットという言葉も耳にします。最近、話をした経営者数人が偶然同じことを言っていたのですが、不確実性が高い世の中では先に小さい会社にアクションを取ってもらい、うまくいきそうだったら資金力を利用して追い抜いてしまえばいいというのです。

追い抜けるという前提があるなら、その選択でも良いと思います。先ほどの例では「後から追い抜ける」という前提はないものとしています。ただ、例えばコロナの例でいうと、実際には即座に攻めと守りの意思決定をするプレイヤーだけが存在するのではなくて、コロナがいつ終わるかも分からないなかで、まずは様子を見ようと意思決定を少し遅らせるプレイヤーも出てくるので、さまざまな条件付けが必要になってきます。

様子を見る期間はどれだけ耐えられるかという資金力などにも依存するので、ゲーム理論分析をするときは、必要ならばそういうこともモデルに組み込んで、より現実的な予測を得ようとします。

――現実世界ではプレイヤー間での「情報の非対称性」が存在していて、誰がどの情報を持っているかなどはブラックボックスになっていますよね。

理論的には誰がどんな情報を持っているか分からなかったとしても、ゲーム理論のモデルは作ることができます。逆に、全てのプレイヤーが持っている情報についての知見があったとしても、だからといって高精度の予測ができるとも限りません。先ほどの例のように複数の予測が存在することもありますし、逆に、情報にノイズがあると予測の精度が上がるという研究結果もあります。

企業経営者は研究成果を活用してほしい
――普段は米国で活動しているということですが、米国企業ではゲーム理論を経営陣の会議や、マーケティング戦略を立てる際に活用しているのでしょうか?

全ての企業のことを知っているわけではないですが、米国企業の場合は役職者がゲーム理論を活用するというよりは、専門家にコンサルティングを依頼して、依頼先の経済学者がモデルを組んで分析して結果を出していくという流れが一般的だと思います。

実際に経済学のPh.D.をとった私の友人も何人かがコンサルティングファームに就職していますし、私の現在の同僚もさまざまな会社のコンサルティングをしていました。日本でもアマゾンジャパンは過去に、

東京大学の渡辺安虎教授をエコノミストとして招聘していましたよね。

――米国だと企業とアカデミアの連携がうまく取れている印象がある一方、日本では両者が分断されているような印象すら持ちます。なぜ、そのような差が生じるのでしょうか?

確かに、圧倒的に米国の方が進んでいますね。日本の経営者は研究成果が役に立たないと思っているのかもしれません。研究の成果をもっと企業活動にも取り入れようという動きが日本にも出てくるべきだし、そういう流れが出てくれば経済学を勉強しようと思う学生も増えると思います。今は、学者が何かを言ったところで、それは机上の空論であって、現実の世界は違うと思われている節があると思います。

――確かに、学者は研究室にこもっていて、社会経験もないから役に立たないというような意見を言う人もいますね。

「何を言っているんだ」と思います。全く違う世界にいるからこそ、企業経営者とは違うこともいえるのです。研究室にこもっているからこそ良いともいえるんじゃないでしょうか。住んでいる世界が違うことで、モノを見る視点が変わってくるわけですから。

部下と話し合う時間を設けよう
――経営者や管理職の人と話をすると、ロジカルに提案をしてくる部下を育てることが難しいという話を聞きます。自分の意見を述べるのではなく、Aの時は(1)、Bの時は(2)というように、いくつかのオプションをそれぞれの前提条件と共に述べられるようになってほしいと。

そういう人は、そもそも「問題を分析しよう」という気概が足りていないのではないかと思います。例えば、私がビジネススクールで教えている学生には、解決してほしい問題を課題として与えます。その際には必ずさまざまな解決方法について、どのように分析して、いかなる解決方法なのかということを、しっかりと数字やモデルを並べて説明してもらうようにしています。ですので、そういう部下たちはぜひビジネススクールに送り込んでみてください(笑)。

――なるほど(笑)。それでは、ビジネススクールに送り込む以外の方法はないでしょうか?

部下が何を考えているか、思っているかなど、部下と話し合う時間を増やすことがとても重要だと思います。あらかじめ大体の部分は分かっているとしても、実際に話し合うことによって、それまで知らなかった考えを知ったり、自分の意見が変わったりすることはあります。

『16歳からのはじめてのゲーム理論』でも紹介していますが、ジョン・ジーナコプロス氏とヘラクリス・ポレマルカキス氏による1982年の論文「We can’t disagree forever(われわれは永遠に見立てを違えるということはない)」にも、この話が数理モデルを使って論じられています。たとえ、他の人と意見が一致していたとしても、それは話し合いを終える理由にはならず、もっと情報を共有することによって本質が見え、意見が変わるかもしれないということです。この論文は私が学んできたものの中でも、一番のお気に入りです。

――日本の文化として、あうんの呼吸や以心伝心のような概念が美徳としてありますが、全くその反対ですよね。納得いくまで話をしたり、意思疎通をしたりしなくてもいいような雰囲気は日本企業にまん延していると感じます。最近ではオンラインの会議であっても役職者を大きく表示するような仕組みも出来上がるなど、本質とはかけはなれたところに労力が割かれてしまうことも散見されますね。

本書にも書いた通り、話をするプロセスによって結論が変わることもあります。そのためには管理職は部下が何を考えているかをさまざまな方法によって把握する必要がありますし、逆に自分の考えを部下に伝えていかなくてはいけません。これは当たり前のことのように思うかもしれませんが、実践するのは容易ではありません。

本書には書かなかったのですが、ゲーム理論の面白いところは、この「話し合った方が良い」という誰でも言えそうな当たり前のことすらも、数式で表現できてしまうところですね。

結果だけではなく、プロセスも評価対象にせよ
――話し合うとなると、管理職と部下が一緒に時間を使うことになります。例えば管理職が部下に「これをしておいてくれ」と指示をして、部下の能力を高めさせることはできないのでしょうか?

「自分としてはこういう意見や分析できる人を求めている」と理想像を提示したうえで、評価方法を変える必要もあるかと思います。結果だけで評価するのではなくて、プロセスも評価対象とする。そうすると、部下も自分でプロセスを考えてくれるかもしれませんね。

――最後に、ゲーム理論の思考のセンスを磨くための、オススメの本などご紹介願えますか?

私がゲーム理論を学び始めたときは、とにかく入門書のような本を何冊も読みました。読んでいるうちに分からないところが出てきますから、その部分を何度も読み返していくうちに、見えてくる景色が変わってきます。ですので、本をたくさん読んで勉強して、かつビジネススクールでも勉強してほしいですね(笑)。

どんな本でもいいですが、読書は重要です。想像力が身に付きます。本というものは読めば読むほど多くの世界を知ることになるので、想像力が付くんですね。結局、先ほどの話も部下に想像力がないから、そういう問題が起こるのです。上司が何を求めているのか、どうすれば自分はそれを果たせるのか。そういう想像力は読書で身に付けられると思います。

(森永康平 マネネCEO / 経済アナリスト)

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