『ジョジョ』の総作画監督が指摘「Netflixで制作費が増えても、現場のアニメーターには還元されない」

世界中で注目を集める一大コンテンツ産業となっている日本のアニメーション業界にはびこる低賃金や長時間労働といった過酷な労働現場の実態について回答を提示してくれる書籍が、玄光社刊の『アニメーターの仕事がわかる本』だ。この書籍の画期的なところは、アニメ業界の第一線で活躍している現役アニメーターが、著者の1人に名を連ねている点である。

その中の1人、西位輝実さんにインタビューし、前編記事「アニメ版『ジョジョ』の総作画監督が語るアニメーター業界の「過酷な実態」」では制作現場の課題について語ってもらった。

西位さんは専門学校卒業後の1999年からアニメ-ターとして働くようになり、『蟲師』『キャシャーンSins』といった作品で作画監督として活躍。2011年の『輪るピングドラム』で初めてキャラクターデザインを務めた後、『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない』や『劇場版はいからさんが通る 前編 ~紅緒、花の17歳~』でもキャラクターデザインを担当している。

『アニメーターの仕事がわかる本』では、フリーライターの餅井アンナさんによる質問に西位さんが回答する形式で、アニメーターの仕事の具体的な内容からその労働環境、そして収入や報酬単価といった数字に関する話まで、アニメ業界の最新事情が生々しく語られている。その中には、「本人は会社員と思っているが実際はフリーランス」といった具合に、一般社会の常識とは大きくかけ離れている面も少なくない。

後編は、西位輝実さんに、Netflixをはじめとする、近年の日本アニメに進出している海外資本のビジネスについて聞いた。

IPは企業のもの アニメーターには何の権利もない
――アニメの制作現場が大変な状況なのに、それでも毎シーズンには数多くの作品が製作されていますよね。その背景には何があるのでしょうか?

これまではアニメ業界といっても、そこまで規模が大きくなかったので、「DVDやおもちゃが売れればなんとかなる」みたいな感じだったと思うんです。それがアニメ単体で評価されるようになってきて、儲(もう)かる業界だと思われるようになると、いろんな人たちが参入してきて。

アニメを知らない、アニメを好きでも何でもない企業が、突然スタジオを買収したり。アニメのことをよく知らない企業が、突然アニメ会社を作ったり。そういう人たちが考えているのは結局、自分たちでIP【※】を持ちたいということだけなんですよ。

※IP:「Intellectual Property(知的財産)」の略。情報やデザイン、アイデアなど、人間が創造的活動で生み出したものの総称だが、ここでは主に、創作によって生み出されたオリジナルの著作物というニュアンスになっている

――なるほど。IPの権利を持っていると、作品がヒットした時はそれこそグッズの展開だとか、いろんな方面のビジネスで、大きく稼ぐことができますからね。

でも、そのIPを実際に作っている現場は火の車なんだということを、ぜひ知ってほしいんです。今まで通りの予算では、放映までたどり着けるかどうかは分かりませんよ、と。今は本当にそういう状況なんです。

――先日、中国の『羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ)』というアニメについて取材したのですが、あの作品は原作者=監督でスタジオの代表でもあるので、制作会社自体がIPを所有しているんです。JAniCA【※】代表理事の入江泰浩さんもその点を非常に評価していましたね。

本当は日本もそうならなきゃいけないのに、今の日本の場合は「IPは全部スポンサー企業のものだから、お前たちはがんばって作ってくれ」という状態なので。結局、クリエイター自身が作品の権利を所有して、個人で営業に行くというのが、いちばん肝心なのかなと。企業から言われるままにオファーを受けちゃうと、個人ではIPを持てないので。

海外の企業はそうではないんです。「一緒にやりましょう」と、クリエイターの権利をちゃんと認めてくれるので。それが日本の場合だと、契約書に“著作者人格権の放棄”が必ず書かれているんですよ。

※JAniCA:一般社団法人日本アニメーター・演出協会の略称。「アニメーション制作者実態調査」などを行い、アニメ業界の労働環境問題についても積極的に取り組んでいる。アニメーター・演出家の入江泰浩氏は、同協会の代表理事を務めている

――ということは、作品を作った本人が、作品に対して権利を主張できない契約になっているわけですか?

そうなんです。“著作者人格権の放棄”をさせたい気持ちは分かるんですよ。すごく大勢のチームで作っているので、その中の1人が「イヤだ」と言い出したら、それだけで全部できなくなるので。でもそれにしたって、何か違う文言にしてくれないかな、とは思いますよね。

ただ、これがゲーム会社の場合だと、もっと厳しいんですけど。「仕事を担当したことを口外してはいけない」と、契約書に入っている場合も多いので。

――家庭用ゲーム機のソフトの場合は、スタッフの名前が以前よりは表に出てくるようになりましたけど、スマホアプリの場合は今でもほとんど名前が出てこないですね。

例えばソシャゲのイラストとかは、なかなか名前が出せないですね。フリーランスとしては自分の実績として公開できないと、ポートフォリオに入れられないので、「この数年間はいったい何をしていたんだ?」という感じになっちゃうんですよ。

その点、アニメの場合はエンディングクレジットに名前が載るので、ゲーム業界の人からは「うらやましい」と言われたりもしますね。

――例えば西位さんの場合だと、「アニメ版『ジョジョ』の総作画監督」という実績があるわけですよね。

そうですね。その実績を表に出せるというのは、非常に有り難いです。でも海外の視点から見ると、そんな日本のアニメですら、やっぱりヘンらしくて。海外の会社が日本のアニメと契約する時に「権利者がやけに少なくない? これぐらいの規模の作品なら、もっと大勢いるはずだよね?」と聞いてくるらしいんですよ(笑)。

Netflixで制作費が増えてもアニメーターには還元されない
――海外といえば、最近はNetflixや中国企業といった海外資本で、アニメ業界が潤っているという話も聞こえてきますが。そのことは、アニメーターさんにとってはプラスになっているのですか?

私の見える範囲では、あまり変化はないですね。Netflixの作品だと予算が通常の2倍ぐらいになっている、みたいな話を聞きますけど、だからといって、アニメーターの仕事の単価が2倍になっているわけではないし。制作会社のほうもそんなにウハウハしている感じもなくて、相変わらずツラそうだなぁと。

――制作会社のほうも景気が良くなった感じではないとすると、どこが儲(もう)かっているんでしょうか?

話をフワフワと聞いた限りでは、デジタル化も含めた設備投資だとか、それこそ労働基準法への対処も含めて、制作会社が態勢を整える部分に回っているのかなと。そもそも赤字のところも多いですから。

――景気よく入ってきた分は、赤字を埋めただけで終わっていると?

言ってしまえば、砂漠に雨が降ってきたんだけど、どんどん砂に吸い込まれていって、それで植物が育つほどではなかったんでしょうね。そういう大きな話が、ある程度定期的に来るようになると、また違うのかもしれないですけど。

――日本のテレビアニメの場合は、放送しながら作品を作っているのが大半だと思います。それに対してNetflixは、1シーズン13話なら13話分、全部完成させてからまとめて配信していますよね。だから作業としては大変じゃないかと思うのですが?

大変ですよね(笑)。納期とかの契約も、おそらく日本のテレビ局よりは厳しいはずですし。私はプロデューサーではないので、そのあたりは詳しくは分からないですけど。

ただ、Netflixが全部のお金を出して作った作品は、当然NetflixのIPになるんですけど、制作会社が自分で作って、後からNetflixに持ち込んだものに関しては、制作会社がIPを持てるんです。

――最初の1年間とかの放映権をNetflixが独占するのにお金を払って、後から地上波で放送したりするパターンの作品ですね。

Netflixが完全出資している作品は、制作費が2倍、3倍という話になったりするんだけど、その一方で自社ではIPを持てないし、グッズもDVDも出せない。そうなるよりは自分たちで作って、Netflixでも配信してその分のお金だけをもらうほうがいい、という会社も多くて。中長期的に作品を育てていきたい場合は、Netflixに作品を取られてしまうと意味がないですから。

ただ、私たち下請けで作っているアニメーターや制作スタジオとしては、どうせIPが持てないのは一緒なんですけどね。

――ではNetflixがやってきても、現場としてはあまり変わらない?

あんまり変わらないですね。そのへんの契約的なものは、あくまでNetflixと委員会と元請の制作会社との間の話であって、私たちフリーランスのアニメーターからは見えないので。「Netflixだからお金がいいんじゃないの?」って聞かれるんですけど、どういう契約なのかによるので一概には言えない、というのが個人的な感想ですね。

Netflixだけじゃなくて中国のほうも、中国政府の検閲で全部NGが出ることも増えて、作品を作れなくなったという話を聞きますし。ビジネス系の人たちは、欧米や中国からの話を「黒船じゃないですか!」って持ち上げるんだけど、そこには当然リスクがあるんです。

アニメ以外で絵を描く仕事の可能性を模索している
――一方で西位さんは、個人として海外と直接お仕事をしているそうですが?

私に関しては、クランチロール【※】の日本支社長だったビンス・ショーティノという人物が、マネジャーのような形で、海外で営業してくれているんですよ。ビンスはかなり顔が広いので、いろんなところに声をかけてくれていて。自分はそういう特殊な事情があって、ラッキーだっただけですね。

※クランチロール:日本のアニメやマンガを、200を超える海外の国に向けてオンライン配信をしている企業(ただし日本からはアクセスできない)。ビンス・ショティーノ氏は、2008年の日本法人設立時から代表取締役を務めていたが、17年に退任した

――ビンス・ショーティノさんとは、どういった形で出会われたのですか?

アニメ以外の収入源をなんとか確保できないかと模索している時に、Anime Japan【※】の懇親会で紹介してもらったんです。

ビンスはクランチロールの日本支社にいたので、日本アニメの製作委員会がどういうものなのか、よく知っているんですよ。それで「責任者がよく分からないのはイヤだ」と、彼自身もよく言っていて。海外だと誰が責任者なのか分かりやすいから、私にはそっちのほうが向いているんじゃないの、とは言ってくれています。

※Anime Japan:日本を代表するアニメ関連企業・団体が出展する、世界最大級のアニメイベント。毎年春に開催されているものの、「Anime Japan 2020」は

新型コロナウイルスの影響で開催が中止された

――西位さん自身が、アニメ以外の収入を得ようと営業をかけていたんですか?

はい。今から2年ぐらい前、『ジョジョ』と『はいからさんが通る』が終わった後ですね。じつは『はいからさん』をやっている最中に、制作に入っていた会社が倒産して、ストレスで死にそうになったんです。もうホントに、ツラいことしか起きなくて。

そういうこともあって「このままだと夢がなさすぎる」と、アニメ業界に絶望して。それでアニメ業界以外の仕事も視野に入れてみようと、ゲーム業界の懇親会に出たりしていたんです。

――ゲーム業界のほうが、アニメよりも収入は良いんですか?

働き方にもよると思いますけど、ゲームのほうが良いですね。ただ、私がその時に仕事をしたゲームは、けっこう簡単にペンディングになっちゃって。アニメ業界の場合は、お金が下りだしたら絶対に最後まで作るのに、ゲーム業界ではそれまでに数億円もつぎ込んでいたプロジェクトが、いきなり止まっちゃうので衝撃を受けました。それでもアニメ業界よりは稼げましたけど(笑)。

そんなふうに、ツラいことが多くてどうしようかなと模索していた時期に、選択肢の1つとして出てきたのが海外ですね。

――西位さんは「BRAVE & BOLD(ブレイブ・アンド・ボールド)」というコミッションイベント【※】に参加していますけど、それもアニメ以外の営業活動の一環ですか?

※コミッションイベント:海外のコミック関連のイベントでは、アーティストがファンの注文に応じてイラストを有料で描くという「コミッション」(直訳すると「手数料」)の形式が採られていることが多い。近年は日本でも、こうしたコミッション形式でイラストを頒布するイベントが増えている

「BRAVE & BOLD」に出始めた時は、そういうふうには思ってなかったんですけど。

私の場合、お客さんと直接やりとりする場がコミケしかなかったんですけど、コミケはけっこう慌ただしいので。コミッションイベントって、今は依頼数が多くなって、事前に予約を受けたりしていますけど、最初はその場で依頼を受けて、その間にお話ししたりできたんですよ。

ただそれも、絵を描くことそのものでギャランティーをもらうのがいいな、と思ったところは確かにありますね。

――いろいろと模索していたんですね。

アニメ業界の知人には、「何してんの?」ってよく言われましたね。今でも言われますけど(笑)。

アニメにこだわると大変なことになりそう
――西位さんから見て、今、アニメーターになりたいという人のことをどう思います?

私だったら絶対にならないだろうなと(笑)。それだけアニメが好きというのはありがたいことだと思いますけど。

いろんな専門学校にも行くんですけど、アニメーター科よりもイラストレーター科のほうが、人数が多いですね。アニメーター志望の子はおとなしい人が多いんですよ。イラスト科の子はワーッと寄って来るんですけど、アニメの子たちはあんまり来ないから、大丈夫かなと思ったりします。

もともと絵描きって、交渉がヘタだとか、そういうことをやりたくないから絵を描く仕事を選んだ人も多いので、アニメーターを社員にして、そういう交渉をさせない業界になればいいのかもな、と思います。

――作画スタジオのような形態が生まれたのは、もともとはそういう理由だったんじゃないかと思うのですが。

本当にそう思います。スタジオの先輩に「何で辞めないんですか?」って聞いたら、「面倒な交渉を会社が肩代わりしてくれる」と言っていたので。私もスタジオにいて、別に悪いことがあったわけじゃないんですよ。ただ、アニメ業界外の人に、こういう業務形態だったって話すと、ビックリされるだけで(笑)。

でも作画スタジオ自体、昔よりは減ったんじゃないですか。私がいたところも解散しちゃったし。フリーランスで、個人で、在宅でやっている人が増えて。

――そうなんですね。

アニメの場合、作品が動いている期間はいいんですけど、動いていないとお金がピタッと止まるわけじゃないですか。その間も社員を雇わなくちゃいけないというのが、全ての会社にとってツライところなんだろうなと。

結局は、仕事の単価が安いというのが原因だと思うんです。予算がもっと増えたら、スタジオも社員として囲えるのかなと。といっても、私みたいに20年もフリーランスをやってきた人間が、今さら社員になって会社の言うことを聞くのはツライものがあるんですけど。でも、仕事を覚えている途中で収入の少ない新人を社員化するのは、大事だと思いますね。

とにかく新人の育成をがんばってもらいたいです。要は動画ですね。そこから立て直さないかぎりは、無理だと思いますから。

――海外の作品やゲーム業界なども含めて、西位さんが今いちばん「アリ」だと思うのは、どの方向性のお仕事なんですか?

全部アリですよ。全部アリなんだけど……その中で言うとアニメは、一度絶望したのもあるんですけど、今の作り方も含めて、ついていけないなというのがあって。それに比べれば、どれもアリです(笑)。

アニメに関しては、かなり混乱期ですよね。デジタル化も含めて。なので、もうちょっと落ち着くまで待つか、もしくは自分流のスタイルを確立して、個人で何とかするかですね。このグチャグチャになっている時期に、他の人の言うことを聞いていたら、どこにたどり着くか分からなくなるというのがあって。

自分としては正直、絵さえ描ければなんとかなるので、そこを基点にしていこうかなと。アニメにこだわると大変なことになりそうだなと。自分も40歳なので、そろそろ老後も考えないといけないので。

今のアニメ業界の実態を知ってほしい
――本来であれば、現場のクリエイターである西位さんにこういった話をお聞きして、問題の矢面に立たせてしまうのも、個人的にはどうかなと思っているんです。

私も悩んだんですけど、今、メインで作品を持っていないというのが大きいですね。これが『ジョジョ』をやっていた最中だったら、『アニメーターの仕事がわかる本』は絶対に出していないと思います。いろんな人に迷惑が掛かってしまうので。私は今、アニメ業界から一歩引いている感じになっていて、作品に直接迷惑が掛かるわけではないので、まぁいいかなと。

――では西位さんが、この問題についてここまで発言する理由は?

「怒り」ですよね。自分以外の人も含めて、みんながこんなにがんばっているのに、何で報われないの!? っていう。好きで始めた仕事なんだから、もうちょっとキラキラしててもいいはずなのに。

基本的には、誰も敵ではないんです。「作品の人気が出てヒットしたらいいな」というのは、会社も現場のスタッフも、みんなが思っていることなので。でもそれだけに、難しいですよね。

――西位さん自身、子どもの頃に見た『聖闘士星矢』に憧れて、今ではNetflixの『聖闘士星矢: Knights of the Zodiac』でキャラクターデザインを手掛けるまでになっているわけですよね。

そうなんです。私自身、憧れた作品があってアニメ業界に入ってきて、自分のやりたいことをかなえてきたはずなのに、それで残ったのが「怒り」だというのに腹が立つんですよ。

できればアニメファンの人たちに、今の実態を知ってほしいんです。テレビの放映が落ちたら「いい決断だ」「応援しています」と、ファンのみなさんは優しいコメントをくれるけど、本当は大変なことなんです。制作会社はお金がなくなっちゃうんですから。

なので、ファンのみなさんにも今のアニメの実態を知ってほしいですし、そんなファンの人たちのためにも、企業や制作会社はアニメの作り方について、もう少し考えてほしいなと思います。

(フリーライター伊藤誠之介)

関連記事より本記事の【前編】アニメ版『ジョジョ』の総作画監督が語るアニメーター業界の「過酷な実態」がお読みいただけます。

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