コロナ禍は、地権者だけが得をする「不労所得スパイラル」を食い止められるか

外出自粛の日々が終わり、街にはかなりの賑わいが戻ってきた。電車は、また満員の乗客を乗せて走り、ターミナルや繁華街には以前とあまり変わらない雑踏が帰ってきたようにみえる。ただ、よく見ると少しずつ風景は変わっていて、マスクをしていない人はほとんどいないし、電車はエアコンをつけながらも窓を開けて運行している。多くの飲食店では入り口を開け放って換気をしており、小売店のレジ前に設置された飛沫防止用の透明シートもいつの間にか違和感がなくなった。今のところ、コロナ禍は収束に向かってはいるが、ウイルスが消え去ったわけでもなく、第2波、第3波の襲来も避けられないといわれている。感染予防に留意した「新しい生活様式」の下で生きていく、いわゆる「ウィズコロナ」生活が始まったということなのだろう。

現時点の専門家の方々の話によれば、このウイルスは空気感染するわけではなく、あくまでも飛沫感染を避けることが重要であるらしく、満員電車や閉鎖空間でも、口や鼻からの飛沫が飛ばないようにすれば、感染リスクは大きくはないという。その意味でマスクの効果は大きく、閉鎖空間でおのおのが飛沫を発しないように努めれば、その空間の感染リスクは大幅に軽減される。また空気中に飛沫がすぐに拡散されるオープンエアの場所ではマスクの着用が必須ではないらしく、専門家自身、路上を歩くときなどはマスクを外しているとも話していた。確かに、医療、介護施設以外でのクラスター発生が、ライブハウスやカラオケ店、接待を伴う飲食店などの大声でしゃべる閉鎖空間に偏りがちなのは、こうしたウイルスの性質によるものなのだろう。しゃべったり、歌ったり、といった最も人間らしい営みをウイルスによって封じられるとは、人間は「自然界の異物」として排除されようとしているのかもしれない。

コロナウイルスを意識した生活は、ワクチンが開発され普及するまでの間は続くことになり、感染予防を意識した新たな生活様式とならざるを得ない。これまでなるべく多くの人を集める仕組みを作って、販売やサービス提供をおこなってきた店舗ビジネスは、ソーシャルディスタンスという概念に合わせて、その前提とする店舗の人口密度を見直さざるをえなくなった。ウィズコロナが解消するまでは、コロナ以前に比べて減収となることを前提として、損益分岐点を再構築しなければならないということだ。ウイルスに感染しても普通の風邪と化すアフターコロナの時期は、何年か先には必ず来るはずなのだが、店舗ビジネスとして生き残るためには、その間を生き残るための自助努力が必要になる。その想定しなければならない減収度合いは、業種業態によってまちまちだ。

自粛期間中、小売企業の動向は休業要請対象業種となったか否かによって、全く異なる結果となった。次の図は、上場小売業の既存店売上増減率(前年同月比)の4月、5月の実績値を抽出したものだが、休業要請の対象とならなかった食品スーパー、ドラッグストア、ホームセンターなどの業態が売り上げを伸ばしているのに対して、休業を余儀なくされた百貨店や、ショッピングセンターへのテナント出店を中心とする衣料品、雑貨小売が大幅に減収となっていることが分かる。

この表で留意していただきたいのは、この明暗はあくまでも商業施設として休業せねばならなかった時期の一時的な結果であって、店舗を開けること自体に制約がなくなるウィズコロナ期における動向とは関係がない、ということである。6月前半の実績を公表した大手百貨店においても、店を開ければ売り上げは前年比7~8割までは戻していることは確認できており、この表のような状況が続くことはない。ただ、店舗内が過密になることを避けつつ、感染防止を最優先とした接客体制を作っていかねばならない上、消費者側も感染への警戒心が浸透し、目的もなくウィンドウショッピングといった雰囲気は乏しい。売り上げが元に戻るまでには、相当の時間が必要になるだろう。ウィズコロナは多くの店舗小売業にとって長く厳しい時代になることは間違いない。

店舗ビジネスの不振が賃料に影響?
飛沫感染するウイルスを防ぐという対策の基本は、口を開けないということだとすれば、やりづらいのはむしろ小売りよりも外食産業かもしれない。マスクを外さずには飲食はできないし、外食に行く大きな理由は人とのコミュニケーションだという点からすれば、感染リスクを大幅に下げることは難しい。こうした「業種柄」といっていいハードルを外食業界では重々理解しているため、売り上げが戻らない前提で店舗網の見直しをする企業が相次いでいる。レストラン運営のロイヤルホールディングスは70店程度、ジョイフルは200店舗程度を閉店する方針を発表している。居酒屋ではコロワイド196店舗、ワタミが65店舗の閉店方針であり、あのスターバックスコーヒーでも全世界で最大400店を閉めるという。

外食産業の動きが他の業界に先駆けて早いのは、業界としての収益構造から来ているという面も大きい。次の図表は、外食や小売の上場企業から任意抽出して収益構造を比率で表したものだ。直近期の売り上げを100として、粗利、賃料、営業利益がどの割合かを示しているが、業種によって粗利率の割合が違うため、売上が仮に8割になったとき、どのくらいもうけが減るか、という影響度がざっくり分かる。

おおむね粗利率が高い外食産業では、利益額に対する売り上げ減少の影響が大きいことは一目瞭然で、食品スーパー、ドラッグストア、ホームセンターといった物販小売店よりも、減収耐性が低いことが分かる。外食各社では、こうした収益構造を踏まえた上で、今後の減収を前提として、いち早く対策を打っているのであり、経営判断としては至極妥当な判断といえる。各社の収益状況によるが、店舗網の見直しの動きは、このまま他の外食企業にも広がることが予想される。また、表から見て分かることとして、物販の小売業の中では、衣料品関連企業に同様の動きが広がることが予想できる。最近ではグローバルブランドZARAが全世界で1200店を閉めるという報道もあったが、同様の店舗網見直しが国内企業においても進むことになるだろう。

このような厳しい環境は業界にとっては、かつてない逆境となるのだが、この局面をなんとか乗り越えることができれば、その先には巻き返しのチャンスが広がっている。いったんは店舗網の縮小を余儀なくされるかもしれないが、こうした動きが進むことで賃料水準の見直しが行われるからだ。コロナ禍は、都市集中への見直しやテレワークの浸透などによりオフィス需要も低下させることが予想され、これまで上昇傾向が続いていた賃料を一定水準低下させることになるはずだ。さきほどの図表に見るように、外食の売り上げに占める賃料の割合は1割前後となっているのだが、この賃料の割合を下げることができるなら、原材料費や人件費への配分を増やす可能性が生まれるため、品質の高い商品、サービスを提供する余地が拡がる。これは消費者にとってもメリットがある話であり、地権者に払っていた価値を、消費者に還元してくれることになるのだ。

消費者本位のビジネスを展開するチャンス
独断と偏見で「一消費者」としていわせてもらうなら、消費者の支払った代金に対して、付加価値を提供することで満足してもらう、というのが商売だとすれば、その付加価値を大家に還元する額は最低限にしていただきたい。

しかし、近時の大都市圏集中の進行などで、店舗ビジネスにおける不動産コストは上昇傾向にあり、消費者への付加価値還元は少しずつ抜きとられてきたといっていい。賃料への配分が増えても、消費者へのメリットはないにもかかわらず、だ。平常時には店舗運営企業同士の競争も過熱していたため、賃料の見直しなど実現可能性はほとんどなかったし、このコロナ禍でも賃料引き下げ交渉などを行っても、やすやすと応じてもらえるはずがない。こうしたときこそ、テナント側が店舗閉鎖を辞さず、一斉に見直しを決行することが、結果として賃料水準を是正することにつながるだろう。

そもそもの話をすれば、大都市圏の地権者に帰属する不動産価値(地価および賃料)の大半は、戦後の高度成長などから始まる地方からの流入人口が集積することによって、急速に拡大したものであり、その資産価値は地権者の努力によって生み出されたものではない。

戦後以来の日本経済を築いたのは産業界であり、消費経済の拡大を担ったのはそこで働く労働者であったのだが、そうした担い手は大都市地権者のようなメリットを得たわけではなかった。乱暴な言い方を承知でいえば、高度成長期前に現在の大都市圏に不動産を所有していたということだけを要件として、所有者だけに高額な宝くじが当たったようなものだ。こうした幸運の下に得た果実の再投資を繰り返すだけで、不労所得が増え続けるといった構造は、そこそこにしておいていただかないと、労働意欲や起業意欲がそがれることは明白である。コロナ禍が、こうしたひずみを是正するとのだとしたら、何とも皮肉な話ではある。

今後は首都圏でも「右肩下がり」が起こる
コロナ禍の最中、東京都の人口が1400万人を突破したと報じられた。日本の人口減少が進みつつある中で、東京を中心とする首都圏への一極集中はいまだ進行中なのだ。

これまで、大半の店舗ビジネスは、拡大基調の大都市圏でのシェア競争が主戦場だったが、コロナ禍によって、その手法も見直しを迫られることになった。ただ、考えてみれば、コロナ禍が強いる制約は、今後、首都圏でも起きるはずである「右肩下がり」の予行演習だと考えることもできる。限界まで一極集中した首都圏は、若年人口の減少と高齢化の進行が進み、生産年齢人口の急速な減少時代を迎えることは目に見えている。店舗のアクティブな顧客層が急減することへの対策は、いずれにしても近いうちに用意しなければならなかったのである。

歴史が繰り返すなら、感染症は数年内には消え去って、きっとすぐ昔話になるのだろう。コロナ対策は一時しのぎかもしれないが、ウィズコロナ期の知恵が、その後も続くであろうこの国の構造的変化を乗り越えるためのヒントになると期待したい。

(中井彰人)

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