「ステルス戦闘ヘリ」は米軍の無謀な夢だったか 初飛行30年 性能・予算もマシマシの結果は?

戦闘機や爆撃機などでは当たり前となりつつあるステルス機。ヘリコプターではあまり聞きません。実は過去、アメリカでステルス戦闘ヘリの開発が行われたことがありました。なぜ制式採用されなかったのでしょうか。
今から30年ほど前の1996年1月4日、アメリカで開発中だったステルスヘリコプターRAH-66「コマンチ」が初飛行しました。
「ステルス戦闘ヘリ」は米軍の無謀な夢だったか 初飛行30年 …の画像はこちら >> アラバマ州フォート・ラッカー基地内の博物館で展示されているRAH-66「コマンチ」の試作機(布留川司撮影)。
RAH-66の一番の特徴は、アメリカ製ヘリコプターとしては初となるステルス機であるということです。機体のフォルムは全体的に絞って細長く、正面から見るとひし形に近い形状をしており、側面も突起を抑えたフラットな平面部分が多くなっています。これはステルス戦闘機などと同様、機体に照射された電波を特定の方向に反らすことで、レーダーで捉えにくくする効果を追求したからです。
機体自体も複合素材が多用され、表面はレーダー吸収材(RAM)によってコーティングされていました。こうすることで、ステルス性を測る指標となるレーダー断面積(RCS)はAH-64「アパッチ」の360分の1にまで低減されていたと言われています。また、赤外線対策としてエンジン排気やローターブレードが発する騒音についても、それぞれ抑制する構造となっており、レーダー以外のステルス性も高める対策が機体全体に施されていました。

武装は30mm機関砲のほかに、AGM-114「ヘルファイア」対戦車ミサイルやAIM-92「スティンガー」空対空ミサイル、対地攻撃用ロケット弾などを搭載可能。なお、これらは使用しない時は機内に収納することができるようになっており、胴体中央下にはステルス戦闘機のようなウエポンベイも装備していました。
また、ステルス性を損なってしまうものの、搭載兵装を増やしたい場合は胴体の左右に武装を懸架できるスタブウィングも装着可能で、その場合は一般的な戦闘ヘリコプターのような重武装での戦闘も行えます。これは、ステルス戦闘機F-35「ライトニングII」で機外に武装を懸架する「ビーストモード」と同じような方式といえるでしょう。
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正面から見たRAH-66。傾斜の角度が揃えられ菱形のような断面になっているのが分かる(布留川司撮影)。
ヘリコプターとしての飛行性能も高く、最高速度は175ノット(訳324km/h)で、巡航速度は165ノット(約306km/h)と、現在の主力戦闘ヘリであるAH-64「アパッチ」を上回っていました。3重のデジタル式フライバイワイヤによって運動性も高く、空中停止状態では180度の水平回転をたったの4.7秒で、戦闘時を想定した80ノット(約148km/h)でのスナップターンは4.5秒で行えたといいます。その高い機動性を対空戦闘でも活用するつもりだったのか、AIM-92「スティンガー」空対空ミサイルは機内のウエポンベイに最大で12発も搭載可能だったそうです。

スペックを見る限りではRAH-66は非常に高性能な機体であり、実際、当初の計画では次の21世紀を代表する次世代の戦闘ヘリコプターとなるはずでした。しかし、最終的にこの機体が実際に配備されることはなく、開発プロジェクトも途中でキャンセルとなっています。なぜそうなったのか、その大きな理由のとして挙げられるのが、度重なるテスト期間の延長と開発予算の膨張にありました。
RAH-66にはステルス性以外にもさまざまな新技術が採用されており、それらを開発・実用化してひとつの機体に統合するのは技術的に非常に困難でした。これに加えて開発期間中に冷戦が終結したり、はたまた対テロ戦争が勃発したりと世界情勢が大きく変化したことで、アメリカ陸軍側のRAH-66への性能・任務要求も随時変化、このことが、計画全体のスケジュールの遅れと予算超過に拍車をかけたのです。
アメリカ会計検査院が1999年に発表したレポートによれば、現状のまま生産まで進めた場合、「RAH-66関連予算はアメリカ陸軍の航空関連年間予算の約6割まで増大する」と予想されており、開発計画自体も「コスト超過、スケジュールの遅延、パフォーマンスの低下という重大なリスクがあり、主要技術が成熟して機体に統合・試験される前に製品開発を進めようとしている」と指摘されています。ステルスヘリコプターという技術的なハードルの高さだけでなく、開発計画そのものにも問題があったといえるでしょう。

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胴体下部にあるウエポンベイ。ミサイルやロケットなどの兵装はこの中に収められる(布留川司撮影)。
当初の予定ではアメリカ陸軍が運用している攻撃ヘリAH-1「コブラ」と偵察ヘリOH-58「カイオワ」を更新するために1200機以上のRAH-66が生産されるはずでした。しかし、開発の遅延とアメリカ陸軍側の要求の変化によって2002年までに6回も開発計画の見直しが行われ、その生産数予定数も650機まで減少。それでも、必要性に疑問符が付いたことから、最終的には2004年2月23日に開発計画そのものが正式にキャンセルされています。結果、開発期間は約20年、計画全体に注ぎ込まれた予算は約70億ドル(約9177億円)以上と言われています。
巨額の予算が注ぎ込まれたにも関わらず、たった2機の試作機のみで終わったRAH-66「コマンチ」の開発計画。一般的には大失敗に分類されますが、その開発にはボーイング社とシコルスキー社だけでなく、全米の多くの防衛産業が関わっており、開発過程で得たノウハウはその後始まったほかの新型機開発に生かされたとも。ゆえに、その計画自体がまったくの無駄というワケではないようです。
ちなみに、役目を終えたRAH-66の試作機は、2023年現在、アラバマ州のフォート・ラッカー陸軍基地にある博物館に収蔵されています。博物館内の展示スペースの関係で常設展示はされていませんが、タイミングさえ合えば、いまでもその姿を見ることができます。

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