このままでは“一億総非正規”待遇に!? 郵政は「正社員の休みを減らし格差解消」

私たちは「一億総活躍」への挑戦を始めます。 最も重要な課題は、一人ひとりの事情に応じた、多様な働き方が可能な社会への変革。そして、ワーク・ライフ・バランスの確保であります。(中略) 非正規雇用の皆さんの均衡待遇の確保に取り組みます。短時間労働者への被用者保険の適用を拡大します。正社員化や処遇改善を進める事業者へのキャリアアップ助成金を拡充します。 契約社員でも、原則一年以上働いていれば、育児休業や介護休業を取得できるようにします。さらに、本年取りまとめる「ニッポン一億総活躍プラン」では、同一労働同一賃金の実現に踏み込む考えであります。

──これは、2016年1月22日の通常国会で、安倍首相(当時)が行った施政方針演説の一部です。

当時、「首相から『同一労働同一賃金』という言葉が発せられた意義は大きい」とする識者は多くいました。働く人たちからも、「これで非正規の賃金が上がる」と喜ぶ声が少なからずあったと記憶しています。

しかし、「非正規雇用の皆さんの均衡待遇の確保に取り組みます」──実は、ここで「均等」ではなく、「均衡」という言葉を使った意味は極めて大きいのです。

「均等」とは、一言でいえば「差別的取り扱いの禁止」のこと。国籍、信条、性別、年齢、障害などの属性の違いを賃金格差(処遇含む)に結び付けることは許されない。仮に行われたとすれば、労働者は損害賠償を求めることができます。

1951年にILO(国際労働機関)では、「同一価値労働同一賃金」を最も重要な原則として、第100号条約を採択しました。その根幹は「均等」です。職種が異なる場合であっても、労働の質が同等であれば、同一の賃金水準を適用するとし、一切の差別を禁止しています。

一方、「均衡」は、文字通り「バランス」。「処遇の違いが合理的な程度及び範囲にとどまればいい」とし、「年齢が上」「責任がある」「経験がある」「異動がある」「転勤がある」といった理由を付すれば、「違い」があっても問題ない。

つまり、均等の主語は「差別を受けている人」ですが、均衡は「職場」。「均等」では、差別を受けている人(=処遇の低い方)を高い方に合わせるのが目的ですが、「均衡」では低い方に高い方を合わせても問題ないのです。

「同一労働同一賃金」という、あたかも「待遇が良くなる」ような幻想を抱かされる言葉ですが、「均衡」とセットで使われたことで、正社員の待遇が悪くなる可能性はあった。

そして、今回、「格差をなくすために、正社員の休みを減らします!」という提案が、企業側から労働組合に出されていたことが明らかになりました。提案したのは、日本郵政グループです。

「正社員の休暇を減らす」提案
日本郵政グループでは、非正社員が全体の4割弱を占めています。20年2月、非正規社員が全国6カ所で、正社員との格差是正を求める訴訟を起こしました。労働裁判としては異例の規模です。

訴状によると、正社員と非正社員の間で賞与や祝日手当の支給額に大きな差があるほか、住居手当、年末年始勤務手当、扶養手当などは正社員だけに支給されていることから、原告側は「労働契約が無期か有期かで不合理な格差をもうけてはいけないとする労働契約法20条に違反する」として、損害賠償を請求しました。

そのうち、3つの裁判の上告審判決で、最高裁は20年10月15日、扶養手当や有給の夏休み・冬休みなど審理対象になった5項目の支給を全て「正社員と非正社員の待遇に不合理な格差がある」と認定。これに応えて、会社側がした提案に「正社員の休暇を減らす内容」が含まれていることが分かりました。

会社側の提案は、「夏期・冬期の有給休暇」「年始(1月2~3日)の祝日給」「有給の病気休暇」の3点で、期間雇用社員に夏冬1日ずつ有給休暇を与える一方で、正社員は2日ずつに減らす方針が示されていたとか。

また、年始の祝日給では正社員の割り増し分を廃止する一方、年始勤務手当を正社員・非正社員ともに増額。有給の病気休暇は新たにアソシエイト社員(期間雇用から無期雇用に切り替えられた社員)にも15日与えますが、正社員も含めて31日以上の療養が必要な病気に限るとしています。

これに対し、組合側が反対の意向を示したところ、年始の祝日給については、会社側が正社員の待遇を維持するよう提案を修正。一方、夏冬の有休や病気休暇については結論が出ていないそうです。

今回の郵政グループに限らず、「同一労働同一賃金」というお題目のもと、正社員の手当などを減額し、“均衡”させる動きはありました。しかし、今回の郵政の提案は、裁判の結果を逆手に取った狡猾(こうかつ)なコスト削減策。

日本郵政グループは、18年にも、組合からの同一労働同一賃金の要望を受け、それまで正社員にだけ認めていた住居手当を撤廃しています。

つい2カ月前の11月12日には、21年度1年間の業績見通しについて、「最終的な利益を4800億円とし、従来の予想から40%余り上方修正した」と、発表していたのに。

その利益とは、どこから出たものなのか?

「国際的な物流事業の収益が、コンテナ船不足が続く中で取り扱い量が増え、単価も上昇して大きく改善したことや、ゆうちょ銀行の運用益が、世界的な株高などを背景に、投資先ファンドからの分配金が増えるなどして大きく伸びたことなどによるもの」としています。

そこに、「社員の努力」はなかったのか?

私は経営とは「人の可能性にかけること」だと考えています。しかし、悲しいかな「人=コスト」と考え、目先のカネ=利益に目を奪われている経営者が、あとを立ちません。

特に、超高齢社会の日本で、直接「私」たちと接する機会の多い郵政グループの社員の能力を高め、スキル向上を目指すことは生産性の向上につながる「人的資本への投資」です。

なのに、賃金は減らすわ、休みは減らすわ、労働環境を改悪し続けている。

郵政グループの労働組合のWebサイトを見ると、「労働環境は改善」しているようにも見えます。

しかし、今回の方針、すなわち「格差をなくすために、正社員の休みを減らします!」という提案からは、「正社員のコストを下げたいよね?」という本音が透けて見える。

契約から正社員に転換するアソシエイト社員を増やしている背後にも、何がなんでも「正社員のコスト削減ありき」なのでは? と思えてなりません。

日本の生産性の低さの根源には、このような「人の能力をばかにしている経営」の問題があります。

日本の働く人たちの能力は世界的に見ても高いのに、「人」を見ていないのです。

根深い“経営者問題”と、日本人の力
13年に初めて公表された「OECD国際成人力調査(PIAAC:Program for the International Assessment of Adult Competencies/Survey of Adult Skills)」で明かされたのは、日本人の能力の高さです。

PIAACは「経済のグローバル化や知識基盤社会への移行に伴い、雇用を確保し経済成長を促すために国民のスキルを高める必要がある」との認識から、24カ国・地域が参加し実施された大規模な国際調査です。

対象は16歳から65歳の成人で、日本では住民基本台帳から層化二段抽出法で1万1000人を抽出。うち約5200人が参加し、調査項目は「仕事や日常生活で必要とされる汎用的スキル」として、次の3つの分野を網羅しています。

・「読解力」

社会に参加し、自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発展させるために、書かれたテキストを理解し、評価し、利用し、これに取り組む能力

・「数的思考力」

さまざまな状況の下での数学的な必要性に関わり、対処していくために、数学的な情報や概念にアクセスし、利用し、解釈し、伝達する能力

・「ITを活用した問題解決能力」

情報を獲得・評価し、他者とコミュニケーションをし、 実際的なタスクを遂行するために、デジタル技術、コミュニケーションツール及びネットワークを活用する能力

調査方法は250人の調査員が対象者の自宅を訪問し、専用のPCで2時間超かけて行うという、日本の社会調査では例のないほど手の込んだものでした。

その中で、日本の労働者の質は世界トップであることが分かっているのです。「読解力」「数的思考力」「ITを活用した問題解決能力」の3分野全ての平均得点で、日本は堂々の「1位」です。

郵政グループをはじめとする日本企業は、果たして、この「力」をきちんと経営に生かす努力をしているのでしょうか?

“経営者問題”に手をつけない限り、日本の未来はないと言わざるを得ません。

河合薫氏のプロフィール:
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。

研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)がある。

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