吉村知事が府の施設に「表現の不自由展」使用許可を取り消すよう圧力! 自分のネトウヨ趣味のために憲法違反強行の独裁体質

吉村洋文公式サイトより

だが、吉村知事を「改革を進める若きリーダー」「イケメン知事」などと褒めそやすことは、「自分の問題棚上げ」「失政ごまかしの詐欺的手口」を放置するというだけではすまない。もっと危険な事態を招くことになる。
なぜなら、吉村知事が、安倍晋三・元首相とも通ずる、民主主義を破壊する強権的体質をもっているからだ。じつはつい最近も、そのことがあらわになった。
それは、今年7月に大阪府が所有する施設である大阪府立労働センター「エル・おおさか」で開催された、「あいちトリエンナーレ2019」で一時中止に追い込まれた「表現の不自由展・その後」の出展作品を集めた展覧会「表現の不自由展かんさい」をめぐる問題だ。まず、経緯を説明すると、施設の指定管理者は今年3月に「表現の不自由展かんさい」の実行委員会に対して施設の利用を許可したが、6月25日になって一転し、抗議のメールや電話が相次いでおり安全管理上に問題があるとして施設利用の許可を取り消した。吉村知事は当時、記者団に対して「取り消しには賛同している」「安全な施設管理運営が難しい」と語っていた。
本来、施設を所有する行政の長ならば、不当な抗議をおこなう者たちを徹底非難し、市民と「表現の自由」を守ると宣言するのが当然だ。ところが、吉村知事は施設が使用許可を取り消したことに「賛同」し、市民と「表現の自由」を守る責任をあっさり放棄したのだ。
だが、吉村知事はこのとき、たんに施設側の判断に「賛同」しただけではなかった。舞台裏では、吉村知事こそが施設の使用に反対し、使用許可を撤回するように職員を動かしていたことが、毎日新聞の検証報道によって明らかになったのだ。

毎日新聞の大阪版は、「表現の不自由展「施設使用許可取り消し」の舞台裏 知事や府が積極的関与」という記事を22日に掲載。毎日新聞が情報公開請求で入手した文書によると、使用許可を取り消した6月25日の約2週間前である同月7日に、大阪府の担当者らが展覧会についての状況を吉村知事に報告したところ、吉村知事はこう発言していたというのだ。
「府は利用承認に関与できるのか」

「指定管理者はしっかりと対応を検討し、申込者に対して、言うべきことは言えばよい」

しかし、自分がネトウヨ体質の歴史修正主義者だからといって、行政の長が表現の自由をないがしろにし、使用許可を取り消させるなんてことは、絶対に許されない。実際、「表現の不自由展」の再展示は名古屋市が所有する施設でも開催されたが、「あいトリ」では攻撃派の先頭に立って大村知事のリコール運動まで展開した河村たかし・名古屋市長は「ルールにのっとって公共施設を使うのは構わない。トリエンナーレで反対したのは公共事業だから」と語っていた。もちろん、公共事業だろうがなんだろうが、差別扇動を目的としたものでもないかぎり、表現に政治が介入することは許されない。だが、あれだけ「表現の不自由展」を目の敵にしていた河村市長でさえ、市の施設を使用することは認めていたのだ(ただし、会期中に郵便物のいやがらせ行為が起こり、市は施設を臨時休館する措置をとった)。
ところが吉村知事は、あの河村市長でさえも原則として手は出さなかった市民による公共施設での展示にまで介入し、指定管理者による使用許可の取り消しに追い込んだのである。
しかも、吉村知事は、前述したようにこの使用許可の取り消しに対して実行委員会が提訴し、大阪地裁が施設の利用を認めると、「決定内容に不服があるので抗告する」と宣言。挙げ句、この問題について繰り返し質問をおこなった毎日新聞の記者に対して「それだけ表現の不自由展を推すんだったら、毎日新聞の会議室を使ったらどうなんですか」と言い放ったのだ。

この発言には当時、「公共施設の使用許可の話なのにマスコミ攻撃か」「まるでネトウヨ」とネット上でツッコミが起こったが、吉村知事がいかに道理の通らない主張で「表現の自由」を侵害しようとしていたかがよくわかるだろう。
そして、今回毎日新聞が報じたことで公になった、吉村知事による政治的介入の実態──。この報道に対し、「あいトリ」の芸術監督を務めた津田大介はこのようにツイートした。
〈完全に表現の自由の敵じゃないですか〉

だが、こうした慰安婦像や「あいトリ」および大村知事への攻撃といった歴史修正主義的態度により、吉村氏は百田尚樹らをはじめとする極右界隈から一目置かれ、ネトウヨ番組『真相深入り!虎ノ門ニュース』(DHCテレビ)にもたびたび出演。同時にネトウヨの支持も取り付けてきた。もちろん、大阪における「表現の不自由展」の施設使用許可の取り消しや「抗告」宣言を吉村知事がおこなった際も、ネット上ではネトウヨによる「吉村支持」の声があがっていた。
そして、前述した、「あいトリ」のときの “表現の自由は公共の福祉で制限される”“税金が投入された国の補助事業なんだから介入するのは当然”という「表現の自由制限」主張。さらには、大阪で、税金が投入されているわけでもない市民による展覧会にまで卑劣なやり口で介入していたのである。
吉村知事といえば、コロナ対応では自身の失策を「私権制限できないせい」だと責任転嫁して個人の権利を奪おうとする改憲や法改正につなげようとしたことも記憶に新しい。こんな男をこれ以上のさばらせたら、国民の権利はいつの間にかどんどん制限され、民主主義は完全にとどめを刺されてしまうだろう。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする