【報知美術部】第17弾 101歳まで第一線! 展覧会「奥村土牛 ―山﨑種二が愛した日本画の巨匠 第2弾―」

展覧会「奥村土牛(とぎゅう)―山崎種二が愛した日本画の巨匠 第2弾―」が今月13日、東京都渋谷区の山種美術館で始まった(来年1月23日まで)。38歳で院展初入選という遅咲きの日本画家。年齢を重ねながら名声を得た奥村土牛(1889~1990年)は101歳で亡くなるまで生涯現役だった。アートテラー・とに~(38)は「まさしく牛のようにスローに歩んだ画家」と語る。
■70歳以降に代表作が続々
あと1か月で2021年も終わり。丑(うし)年の最後に見てほしいのが奥村土牛です。印象的な雅号は、28歳の時に唐詩の一節「土牛、石田を耕す」より父親から与えられました。まさに「名は体を表す」人。牛のようなゆっくりとした生きざまで数々の傑作を残した画家です。
院展初入選は、ちょうど今の僕と同じ38歳の時。それからの足跡が長いのですが「ダラダラ」ではなく、年間数点の作品を丹念に描き続けた「コツコツ」の人。代表作が70歳以降に集中しているのは世界的に見ても驚くべきことです。
■84歳で「やっとわかりかけてきた」
後に80円切手になった代表作《醍醐》は当時83歳とは思えないほど若々しい色で桜を描いている。西洋の油絵と違い、日本画は「色を重ねると濁る」と言われていますが、本作は何層にも何層にも色が塗り重ねられています。圧倒的な透明感を実現しているのは、土牛ならではの技法によるものです。桜の花ではなく幹を中心に据えているのも独特ですよね。

「日本画を超えた絵」とも評された傑作《鳴門》は、彼の内なる情熱がわかる作品です。渦潮の音が聞こえそうな迫力は船の上から描いているためです。当時70歳で、奥さんに和服の帯をつかんでもらって描いたとか。理想の夫婦ですよね…。
左下隅に人物を配した構図が目を引く《枇杷と少女》、現代アートのような斬新なトリミングを施した《茶室》。101歳まで現役と聞くと演歌的なイメージを抱いてしまいそうですが、前衛性を兼ね備えた画家でもあります。
生まれつき病弱だった土牛は少年時代に川で水泳に励んで壮健になったようですが、白寿を超えても絵筆を握れたのはチャレンジし続ける精神があったからに違いありません。84歳で「やっとわかりかけてきた」と語り、93歳になって「平凡な構図でどれだけの表現ができるか」と富士山をテーマに据えた姿勢は、90歳を超えて監督・主演をこなすクリント・イーストウッド以上に稀有(けう)な何かを感じます。
土牛は横山大観、東山魁夷のようなスーパースターではないかもしれません。でも、いぶし銀のアベレージヒッターとして40代で2000安打に到達した打者のようでもあり、人物や動物、風景など多くの画題に取り組んだゴールデン・グラブ級の守備範囲を誇る野手でもあったと思います。
よし、僕もアートテラーを101歳まで…。だいぶ長いなぁ(笑い)。

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