3年間で大改革の「タイガー」、きっかけは元ソニーの女性役員

1923年に創業したタイガー魔法瓶(以下タイガー)。現在ではステンレスボトルや炊飯器、電気ポットを始め多くの製品を手掛ける白物家電メーカーとして知られている。2年後の2023年に100周年を迎える同社では、18年以降、スピード改革に取り組んでいる。

改革の旗を振るのが、元ソニーでVAIOなどの事業を立ち上げ、その後スタートアップの上場などにも関わったという浅見彰子氏だ。18年に執行役員としてタイガーに入社し、19年には取締役に就任。既存事業はもちろんながら、改革や未来のビジョンづくりにも関わっている。

浅見氏は100年企業であるタイガーをどのように改革してきたのか。タイガーが抱えていた課題と解決のための施策、そして100周年以降の未来をどのようにデザインしているかを、タイガー魔法瓶の浅見彰子取締役に話を聞いた。

3年前は「昭和」の価値観と体制のままだったタイガー
土鍋を内釜に採用した炊飯器や、魔法瓶構造による高い保温性が特徴のステンレスボトルを中心に多くの家電製品を手掛けているタイガー。非上場企業のため、決算や詳細な売り上げの推移に関しては公開していないが、近年の社会環境の変化や会社の体制の古さなどにより、抜本的な改革が求められていた。

そんな18年頃、IoT関連の取り組みや新規事業を担当する執行役員として招かれたのが元ソニーの浅見氏だ。

「タイガーに入って驚きました。今はフレックスになっていますが、当時は朝8時に全員集まって体操して朝礼で社訓を唱和している昭和な会社で、経営会議に出ると全員が男性で、正直にいえば『自分で毎日お夕飯を作っているのかな?』と思いました。最初に私が手掛けたのが看板商品である炊飯器です。ご飯を本当に美味しく炊きたいという思いで、毎日キッチンに立つ主婦、ワーキングマザーの目で製品を見直していきました」(浅見氏)

タイガーの炊飯器「土鍋ご泡火炊き」の特徴の一つでもある、1合だけのごはんを美味しく炊くために使う『一合料亭炊き専用土鍋中ぶた』は、浅見氏が入社から半年間、炊飯器開発担当らと一緒に実験室で実験を重ねて作られたもの。このほかにも、土鍋に5年保証をつけたり、内ぶたを食器洗い乾燥機で洗えるように改良していった。これらはまさに使う人の視点で行った改善だった。

なかでも、土鍋に5年保証を付けるという企画は、当初は社内からの反対もあったという。しかし、過去の土鍋が割れたというクレーム件数を確認し、いけると判断した。

「それまでは、割れたら買い直してくださいというスタンスでした。しかし、私が主婦の立場なら、割れるかもしれない土鍋の炊飯器は買いません。ですが実際には、そんなに簡単には割れないのです。だったら、キッチンに立って毎日、内釜を洗っている立場から、5年保証するメリットの方が大きいと考えて押し通しました」(浅見氏)

小容量が美味しく炊ける中ぶたのある炊飯器は、土鍋の5年保証も加わり大ヒットとなる。こうした成果が評価され、浅見氏は19年4月、同社初の女性取締役に昇格。さらに、既存事業や次の100年に向けた取り組み「NEXT100」なども担当するようになる。

浅見氏が次に手掛けたのは組織の改善だ。それまでタイガーにはなかった事業戦略やマーケティングの部署を作り、タイガーの魅力をお客様に届けられる仕組みを作っていった。

「驚くべきことですが、それまで当社にはマーケティングを専門にしている部署がありませんでした。そこで私の下に戦略マーケティング、広報宣伝、商品企画、デザインの部署を置く組織体制を作ってくれました。

こうすれば、私の組織のなかでストーリーを共有できます。業務が一気通貫でできますし、『分からなくなったら私に相談して』と言えるので、改善をスピーディに進めることができました」(浅見氏)

さらに浅見氏は製品づくりの根底にある考え方も見直していく。製品の機能だけでなく、ソーシャルグッド(社会的な価値)も大切にした。女性用はピンクで男性用は青という長年続いているそれまでの価値観を捨て、ダイバーシティや多様な価値観に即したモノづくりを実践していった。実際、浅見氏が手掛けたステンレスボトルには典型的なピンクが用意されていない。

「社長である菊池も米国の大学に留学していたので、グローバルな事業戦略やマーケティング、女性の活躍や多様性の重要性は分かっていたのだと思います。それを現場で実行するリーダーを探していたのだと思います。当時部長以上は男性ばかりだった中で、女性の私を起用したことは、菊池の改革への強い決意を感じました」 (浅見氏)

「またお客様調査では、タイガーの顧客が中高年に偏っていることに危機感を覚えました。現在は、もっと若い方へのアプローチを進めています。既存のお客様に聞くと、女性はピンクで男性は青という価値観はやはりまだまだ根強いです。しかし、今後は若い世代が価値を感じるような製品や、若い社員が誇りに思えるような製品を作っていきたい」(浅見氏)

そうした浅見氏の考えや、社内一丸となって実行したさまざまなマーケティング施策は早くも実を結び、ケトルに関しては1年半でシェアが倍になり、炊飯器の売り上げは業界平均を約30%ほど上回る形で推移。特に直近の2年間は好調で、営業利益率は約5%ほど改善しているそうだ。

100周年に向けてサステナブルなものづくりを提唱
23年に100周年を迎えるタイガーでは、次の100年に向けた取り組みを始めている。その1つが、新製品を絞ったことだ。商品点数を多く出すのではなく、ヒットが見込める価値ある製品を出していくという考え方にシフトした。

その分、製品ひとつずつが売れるようになり、市場でのシェアも上昇した結果、営業利益率も改善した。さらにもう一つが、20年に発表したタイガーステンレスボトルの4つの約束だ。

これは人権や健康、環境などの社会課題に取り組む試みで、「NO・紛争鉱物」「NO・フッ素コート」「NO・丸投げ生産」「NO・プラスチックごみ」の4つ。例えば「NO・紛争鉱物」では、武装勢力の資金源として採掘されている鉱物を使用していない。また年間800万本製造されるステンレスボトルもすべて自社工場で生産している。

「次の100年の方向性について話したとき、サステナブルであることが重要視されると考えました。そこで紛争鉱物・環境への負荷ができるだけない製品製造と経営にシフトすることを提案しました。18年当時はまだSDGsなんて言葉も流行っていない時期だったんですが、菊池社長もその方針を『いいんじゃないか』と言ってくれました」(浅見氏)

もともとタイガーでは、こういった環境・人権・健康・安全といった課題への対策は、部署ごとに個別に行われていたという。それらを取りまとめて言語化したのが、浅見氏だった。

「社内からは、機能をうたわない「4つの約束」のプロモーション展開に対する不安の声もありました。ただし根本的な反対ではありませんでしたし、今の時代に必要とされていることをやるという役員会の方針もあり、戦略そのものに対する反発はありませんでした」(浅見氏)

単に良いものを作るだけでなく、何を売るか、どういう製品を作っているかというメッセージを明確にしたことで、売り上げは大きく改善していく。リニューアルしたECサイトには限定でアートボトルなども用意。価格だけではない価値を伝えることにより、それまでの8年分のオンライン売り上げをたった1日で記録し、想定の約780%の売り上げを達成したこともあったそうだ。

「これまでのタイガーはいわば、ニコニコと笑って黙っている良い人でした。ですが、この人はこんな風にいい人ですよと説明しないと価値は伝わりません。モノづくりや人権や環境へのこだわり、品質への追求心も大変強くて良い商品を作っているのに、知られていないという状態でした。それをマーケティングすることで周りに認知してもらえたことで、売り上げにつなげられたのだろうと感じています」(浅見氏)

海外市場とハイテク分野で、さらなる成長を目指す
昭和の価値観が残る企業だったタイガーは、浅見氏の参画をきっかけに「

令和」の時代に合ったマーケティング戦略やものづくりの指針を定め、未来へと大きく舵を切った。

コロナ禍の影響でインバウンドニーズが下がったこともあり、昨年の売上高は、一昨年と比較して微減だが、国内市場に関しては100%を越えている。主力の炊飯器も好調で、新モデルで期間売り上げ1位を記録。今後、数量と金額の両方でナンバーワンを目指していく。

さらに、注力しているのが海外市場と、ハイテク分野だ。

「コロナ禍の影響で海外市場を伸ばせていない状態ですが、当たり前すぎる発言かもしれませんが、タイガーとしてはグローバルも目指そうとしています。できれば100周年までに海外の売上比率をもっと高くしたいですね。あまり具体的にはお話できませんが、グローバルで売れるものを作っていくという方向性です」(浅見氏)

一方のハイテク分野で、社会的な注目を集めているのが、タイガーの持つ熱制御技術を転用した、住宅用真空断熱パネルと宇宙開発で使われる真空二重機構断熱・保温輸送容器だ。

タイガーの開発した住宅用真空断熱パネルは、厚さわずか13ミリメートル。グラスウールでの断熱の20センチメートルに相当する性能が出る画期的なものだ。現在、実証実験が終わった段階で、次世代の住宅建材として建築業界での展開を検討している。

また真空二重機構断熱・保温輸送容器は、国際宇宙ステーション(ISS)実験試料を地球へと回収する目的でJAXA、テクノソルバとともに開発したものだ。「4℃±2℃で4日間以上の断熱性能を保持し、さらに最大40Gの着水衝撃に耐える強度」という条件をクリアし、18年11月に、宇宙実験サンプルを日本に持ち帰ることに成功した。さらに21年6月に第2弾が、SpaceXの宇宙船「ドラゴン22号機」で宇宙に打ち上げられ、こちらも無事に実験サンプルの持ち帰りに成功している。

「企業が成長するときには、王道となるパターンがあります。製品の開発製造を行う当社のような企業の場合は、民生用技術を産業、医療、宇宙などのハイテク分野へ転用し、そこで培ったノウハウをまた民生に戻すという循環による成長です。

また完品だけを作るのではなく、技術をモジュール化してビジネスをすることも大切です。例えば、ソニーもデジタルカメラを作るだけでなく、スマートフォン向けカメラモジュールが大きなビジネスになっています。ものづくりを、そういう王道に乗せ、数十年スパンできっちり静々と進めていきたいですね」(浅見氏)

長い間、良い製品を作りつつも消費者にうまく伝えられずに、市場の変化にもさらされていたタイガー。元ソニーの浅見氏の参画をきっかけとして、マーケティングの力と、ユーザー目線での商品開発のノウハウを展開し、大きく変化を始めている。その結果、これまで中高年が中心だったユーザー層に、20代が増え始めており、日経リサーチ「ブランド戦略サーベイ2021」の総合評価ランキングトップ100に、96位で初めてランクインしているそうだ。

またSDGsという言葉が広がる前から取り組んできた環境や社会課題への対応も、時代が追いついて来た。誠実なものづくりとハイテク産業分野で培った高い技術に、マーケティングとユーザー視点が加わったタイガーは「平成」を飛ばし、「昭和」から「令和」のメーカーに生まれ変わった。

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