「楽しく生きていきたい」 乳がん治療中の女性が勧めるリハビリヨガ 負担少なく楽に

沖縄県うるま市内に住む新屋裕美さん(38)は結婚後2人の子どもに恵まれたが、約5年前に乳がんを患った。その後も2度転移が分かり、現在も治療を続けている。がん発覚当時に知った、患者でも体への負担が少ない「乳がんリハビリヨガ」を習い、教室を開いて講師として当事者とも向き合う。「同じ思いをしている人と話すだけで気持ちが楽になる。一緒に前を向いて生きたい」と話している。(中部報道部・伊集竜太郎)
■順調な生活の中で 胸に感じた異変 新屋さんは2歳の時に両親が離婚。母親の元できょうだい4人で生活した。電気や水道が止まることもあった。きょうだいで川の字で寝て扇風機1台を取り合い、昼夜問わず働く母親が不在の夜は、ろうそくの下でわいわい過ごした。友人宅でよく夕飯をごちそうにもなった。
高校からアルバイトを始め、バス代や生活費を稼いだ。卒業後就職して1度は県外にも出た。沖縄に戻ってしばらくして偶然出会ったのが高校の同級生だった夫で、28歳で結婚した。長女も授かり、5年後に次女も妊娠、出産した。順調のはずだった。
しかし、ある日、次女に母乳をあげていたら左の胸から飲まなくなった。しぼんでいる胸を触ると、ぼこっとした膨らみに違和感を覚えた。病院に行くと、胸を見た医師が「あぁ」と言って、目をそらした。嫌な予感がした。検査結果は悪性の腫瘍。「進行しているかもしれない」と伝えられた。
頭は真っ白だった。でも「長女は5歳。次女は1歳にもならない。母親として落ち込んでいるところを見せたくない」と気丈に振る舞った。

■「成功体験」生きる力に 2週間に1回の抗がん剤投与後は「言葉で表現できないような吐き気」に襲われた。自身は子どもたちが寝静まると倒れ込んだ。気がめいりそうになっても「子どものために頑張る」と前を向いた。夫は積極的に家事をしてくれた。2年前には2度目の転移が見つかった。医師からは「がんをなくすことは考えない方がいい」と言われた。
最初の乳がん発覚後に知ったのが「乳がんリハビリヨガ」だった。県外で講座を受け、インストラクターの資格も取り2019年、市内に教室も兼ねた「ヨガスタジオ 虹心(にこ)カフェ」を開いた。
「私もそうだったが、当事者は胸を失って自信を失い、心もふさぎがちになっている」。教室ではそれぞれに合わせて少しずつ胸を開いたり、腕を上げたりという「小さな成功体験」を積み重ねながら、少しずつ気持ちもほぐしていく。新屋さんは「振り返れば幼少期からいろいろ我慢して生きてきたと思う。これからは頑張らず、楽しく生きていきたい」と話した。
通常のヨガ教室も開いている。問い合わせは無料通信アプリLINE(ライン)のID「@zdv5212m」かこちらまで。

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