M&Aの失敗に学べ! 今こそ経営人材の育成に舵を切るタイミング

いきなりプライベートな話から入って恐縮だが、私が社会人になったのは1990年(平成2年)のことだ。会社勤めをするようになって既に30年以上が経過したが、平成というひと時代を企業人として生きてきたことになる。そして、そのうちの20年は、M&Aのアドバイザーとして過ごしてきた。

毎日10件を超すM&Aが発生
平成の30年間にさまざまなことがあったが、M&Aに関しては、成長を実現するための当たり前の経営手法として定着した時代といえる。M&Aは、社運を賭けた、そして社史を飾るような大プロジェクトであり、もちろんそれは今でも変わりはない。しかし、総合商社やソフトバンク、日本電産などM&Aを多用する企業にとって、それは毎月発生する恒常的なイベントにもなっている。

日本企業が関係するM&Aの増加トレンドは次のグラフでも確認できる。これはM&Aアドバイザリー会社のレコフが作成したものだ。バブル崩壊による不況が顕在化した1991~93年頃や、リーマンショック後の2009~12年頃は件数が減少した。しかし、この30年間は右肩上がりで増加してきた。足元では年間4000件弱まで増えており、1日平均で10件超のM&Aが発生していることになる。

特に、国内案件(日本企業同士のM&A)の伸びが大きい。この伸びを後押ししているのは、実は中小・零細企業によるM&Aだ。

「5年、30万、70歳、60%」という数字があるのだが、これの意味するところをお分かりの方はいるだろうか。出所は中小企業庁だ。

同庁が17年に行った調査によれば、今後5年間で30万社以上の中小企業における経営者が70歳になるにもかかわらず、そのうちの60%の企業で後継者が見つかっていない状態だ。後継者がいないがため、身売りを余儀なくされる企業は今後増えるであろうとその資料は予測しているのだが、果たして18年以降、国内M&A件数は大きく伸びているのである。

人口4000万人減少のインパクト
中小・零細企業の後継者難の問題も深刻だが、それ以上に大きな問題がある。それは後継者どころか、日本人の次世代人口そのものが減少する問題だ。15年から日本の人口は減少に転じた。そしてこの減少のスピードはすさまじく、今後40年で約4000万人が減少すると予測されているのだ。

4000万の人口減とは、東京・神奈川・千葉・埼玉が丸々なくなることを意味する。西日本に当てはめれば、近畿・北陸・中国・四国が消滅するという強烈なインパクトである。小売・食品・物流・不動産・金融など、人口の多寡が売り上げに直結している産業にとっては死活問題であり、新しい市場を確保することは必須となる。資源の乏しい日本では、大企業を中心に積極的な海外展開を志向してきた経緯がある。しかし、4000万人が消滅する未来予測図の下では、中堅・中小企業であっても海外市場に対してアクセスを持つことは、生き残るためにはどうしても必要になってくる。

中小企業が海外でM&Aをするのは、資金面で難しいかもしれないが、海外企業と合弁会社を設立したり、業務提携をしたりするなどの施策は間違いなく必要なのだ。それができない場合、後継者難に市場の縮小が加わることで、残念ながら淘汰されてしまうだろう。

海外M&Aの7割は問題含み
さて、レコフが公開しているもう一つのグラフをご紹介しよう。グラフ1がM&A件数の推移なのに対し、グラフ3はM&A金額を年毎に集計したものだ。同じ時間軸であるが、グラフ1と比べて形状と色合いが随分異なっている。

これを見ると、日本企業による外国企業へのM&Aの金額が非常に大きくなっていることが見て取れる。海外M&Aの件数は、その年に発生するM&Aの25~35%程度であるが、大企業による海外企業のM&Aは大規模なものが多く、金額ベースで集計するとこのようなグラフになるのである。ちなみに、日系企業によるM&Aで過去最大のものは、18年に武田薬品工業が手掛けた英・製薬会社シャイアーの買収で、買収金額は6兆2000億円だ。まさに社運を賭けたM&Aといってよいだろう。

一般的に1000億円を超えるM&Aは超大型案件と呼ばれるが、グラフ3を見ると、06年から海外M&Aの金額が大型化している。バブルの後始末を終えた大企業が、国内市場の縮小に対してアクションを取り始めたということだろう。

失敗してしまう事例もある
しかし一方で、このような社運を賭けた大型M&Aがうまくいっていない例が多々存在する。「うまくいっていない」とは、買収時には見抜けなかった経営上の重大な瑕疵(かし)が顕在化して損失を計上したり、買収先の経営に失敗して企業価値を大きく減価させたりするような事態を指す。その結果、買収はしたものの撤退を余儀なくされたケースもある。

いずれの場合も減損計上が必要となるし、買収金額が大きければいきおい減損も巨額となり、本体の経営にも影響を及ぼす。下の表1は筆者がまとめたM&Aの代表的な失敗事例である。海外M&Aの場合、実に7割が買収後に経営、財務上で何らかの問題を抱えているといわれている。このような失敗が起こる原因は3つある。1つ目は買い方の問題、2つ目は買った後の経営の問題、そして最後はその経営を実践する人材の問題である。

M&Aが失敗する3つの理由
1つ目の買い方の問題とは、端的にいえば「高値掴みをしてしまう」ということだ。M&Aにおいて、売り手は少しでも高い価格での売却を実現するため、オークション形式にすることがほとんどである。当然、値段は上昇する傾向がある。買収の際には入念なデューデリジェンスが行われ、法務、財務、税務上の瑕疵がないかが徹底的にチェックされる。瑕疵が発見されれば、価格を減価させるべきなのだが、ライバル会社に取られたくないという恐怖心や焦りも伴い、どうしても入札価格が高くなってしまう。買い手側のアドバイザーは、本来であれば無理な買い物はやめろとアドバイスすべきだ。しかし、アドバイザーの報酬が、買収の成功と連動しているケースがほとんどなので、「やりましょう」と背中を押してしまう。かくして、本来の企業価値を大幅に超えた価格で買収が成立してしまうのだ。これを読んで、バツの悪い思いをしているM&Aアドバイザーも少なくないであろう。

買った後の問題とは
買った後の経営の問題とは、買収した企業の経営に失敗することだ。買収先の経営陣が面従腹背であった、それを受けて従業員が協力しなくなった、製品やサービスに問題が出て市場での評価が下がった、顧客が離れて赤字に転落したなど、何らかの要因がきっかけで負のスパイラルに入れば、企業価値は短期間で棄損(きそん)してしまう。買収した後の経営統合をしっかり行わないと、社運を賭けたM&Aが悲惨な結果になってしまうのだ。M&Aのアドバイザーは、買収を成立させるまでが仕事で、買収後の経営統合は当事者に任せてきた。しかし、初めてM&Aを初めて行った企業が、独力で十分な経営統合を行うことは非常に難しい。特に海外の場合、商習慣が異なるし、働き方に対する姿勢や考え方も日本人とは相当違う。宗教の影響が大きい国もある。そこに日本式の経営手法を買収翌日から持ち込んでも、破綻することは必然なのだ。その意味で、平成という30年間に積みあがったM&Aの件数は、買収者の失敗と苦労の件数でもあるのだ。

近年、経営統合における失敗の原因が類型化され、それに対する助言提供がM&Aアドバイザリーの一つの領域になってきた。即ち、買収実現のサポートだけではなく、買収後の経営統合も面倒見ましょう、という訳だ。経営統合に関するアドバイスのポイントは多々あるが、買収後のインセンティブ(処遇)の設計、その裏腹としてのガバナンス(企業統治)の設計、そして良好なコミュニケーションの確立というのが主要テーマだ。どれも言うは易く行うに難いものばかりで、だからこそアドバイザーが必要とされるのだ。筆者が所属するファームでも、この領域のアドバイザリーに特に力を入れている。

今後の日本の命運を握る経営人材の育成
最後のコミュニケーションに関しては、アドバイザーは適切な会議体の在り方や、レポーティングの方法・頻度に関しては助言できる。しかしそれを実践するのは、買収先や合弁先に経営者として派遣された者なのである。企業は、顧客、取引先、従業員、株主などさまざまなステークホルダーに相対している。顧客に安い価格での製品を提供したければ、取引先からの仕入れを値切らなくてはならないし、従業員に高い給与を支払えば、株主の配当原資が損なわれる、というようにステークホルダーの利害は互いに相反する。経営者の仕事とは、相反するステークホルダーの利益を最大化することであり、そのためには高いコミュニケーション能力と経験が必要となってくる。もちろん英語の能力は前提条件だ。

それでは日本人にとって、経営に必要な能力を身に付ける機会はどのくらいあるだろうか。サラリーマンの場合、経営職階に就くチャンスは、サラリーマン人生のかなり後半に訪れる。しかもそれは万人にではなく、選ばれし者のみである。つまり経営の経験を十分持たないままに、海外の経営の現場に送り出され、経験不足から買収後の経営統合に支障をきたしている例は少なからず存在するのである。

最後の問題提起
M&Aは、成長のための経営手法として日本に定着した。今後の国内市場の縮小を所与として、中小企業をも巻き込んで、海外でのM&Aや合弁・提携の数はますます増えるであろう。しかし、海外の買収先・合弁先・提携先をマネージできる経営人材をどのように育成・輩出していくかについてはその方法が確立されていない。あなたの会社を見たときに、若い時に起業をして経営は一通り勉強しましたよ、という同僚が何人いるだろうか? 経営陣の中に、外部から招聘されたプロ経営者ですという人材はどのくらいいるだろうか? 恐らくほとんどいないであろう。

最後に、もう一つだけデータを示して問題提起することで、このコラムを締めくくりたい。時価総額が1000憶円を超えるスタートアップ企業の数と時価総額の総計を国ごとに集計した。今を時めくGAFAもスタートアップ企業であったが、起業先進国である米国とそれに続く中国が突出しており、それにドイツや英国が続いている。この時点で日本のユニコーン数はわずかに3社。時価総額の大きさと合わせて、非常に寂しい数字である。

起業数の少なさと、中小零細企業の後継者が見つからない問題は、実はリスク回避という点で同根だ。学生時代に得たビジネスのアイデアを実現するために起業するより、生活の安定を求めて大企業に就職する。自営業の父親が、子どもに家業を継がせることで同じ苦労をさせたくないとして、より大きな企業への就職を勧める。リスク回避という観点では正しい行動かもしれないが、社会全体としては、チャレンジしない・させない風潮が蔓延(まんえん)しているということであり、企業人の総サラリーマン化、すなわち経営人材の育成が阻害されることになるように思われるのだ。

4000万人の人口減少を所与とし、海外M&Aの加速が必須である中で、経営人材をどのように育成するかは、今後の日本企業の生き残りに関わる根本問題なのである。

(桂木麻也)

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