社員を「子ども」扱い? 野村HD「在宅勤務中も喫煙禁止」の波紋

名優、勝新太郎さんは、かつて自身のガンを公表する記者会見の席上で、「タバコはやめた」といいながらおいしそうにタバコをふかして見せました。

勝さんがタバコを吸い始めた途端、周りにいた記者たちは一斉にツッコミを入れましたが、同時に笑い声も起きるような穏やかな空気に包まれました。それは、大物である勝さんに対して強くいえる人がいなかった、という面もあるのかもしれませんが、命にかかわる病気を公表する、ともすると深刻になってしまいそうな場の雰囲気を和ませた、“大人”のユーモアとして受け止められていたように思います。

当時は一般企業のオフィス内でも普通に喫煙していた時代でした。それは社会が今より未成熟であった証ともいえますが、まだ、勝新太郎さんのような型破りな魅力を放つ存在が活躍できるおおらかな土壌が残っていたともいえます。

それに対し、今やオフィス内禁煙は当たり前です。環境・社会・企業統治の観点に着目したESG投資や健康経営といった概念が広まるにつれ、喫煙者に対する見方は厳しくなってきています。嫌煙者にとっては望ましい風潮ですが、喫煙者にとっては窮屈で息苦しい世の中となりました。

そんな中、野村ホールディングス(HD)が在宅勤務者も対象として、就業時間中は全面禁煙とする施策を発表し、話題を呼びました。

出社体制での喫煙による、2つの問題
会社に通勤している場合、職場の中で喫煙すると大きく分けて2つの問題が発生します。

一つは受動喫煙など周囲への影響です。喫煙者がいると周囲に煙が漂うため、他社員たちの健康まで害してしまうおそれがあります。また、喫煙後もしばらくは呼気を通じて周囲の人が2次喫煙してしまうこともありますし、不快な臭いを嫌がる人もいます。

もう一つの問題は、離席時間の発生です。座席での喫煙を禁止する代わりに、喫煙スペースを設ける職場が増えました。すると、喫煙のたびに離席して座席に戻るまで、実質的な臨時休憩が発生してしまいます。喫煙者が離席している時間も給与は支払われることから、非喫煙者との間で不公平感が生じますし、喫煙者自身の生産性を下げることになるという指摘もあります。

野村HDの「就業時間中の全面禁煙を実施する」という施策は、こうした問題に対する有効な解決策になり得ると思います。しかしながら「在宅勤務者も対象にする」ことについては、そのまま同じ理屈が当てはまるとはいえません。

在宅勤務する社員は、他社員とは離れた場所で働いています。そのため同僚たちが受動喫煙してしまう心配はありません。また、仕事しながら座席上で喫煙するのであれば、離席時間による臨時休憩も発生しないはずです。

それなのに、在宅勤務者にまで禁煙を要請する必要はどこにあるのでしょうか。在宅勤務だと喫煙による周囲への影響は出ないことを前提に、「喫煙者自身の健康」「組織の統制」「業務への支障」という3つの観点から考察してみたいと思います。

(1)喫煙者自身の健康

内閣府が制作した動画「たばこの煙の恐ろしさ 吸ってる人にも吸わない人にも知ってもらいたいこと」では、喫煙者は非喫煙者に比べて、寿命が10年縮まるという英国の調査結果が紹介されています。また、ガンや糖尿病、心筋梗塞などさまざまな病気と喫煙との関連性も指摘されており、喫煙自体が体に悪い影響を及ぼすことは既に広く知られています。健康経営を掲げる会社としては、喫煙者自身の健康を心配し、配慮しようとするのは当然のことだと思います。

しかし、勤務時間中だけ禁煙にしたところで、その分勤務時間外に吸うタバコの本数が増えてしまえば意味はありません。また、健康を害するものは喫煙だけとは限りません。運動不足や深酒、睡眠不足なども影響します。もし会社が社員の健康を本気で管理しようとするなら、社員の生活にまで踏み込まなくては実効性は見込めません。喫煙者自身の健康という観点から禁煙要請しても実効性は薄いとすると、同僚に受動喫煙させる可能性がない在宅勤務者への禁煙要請に意味があるのか疑問を感じます。

(2)組織の統制

それに対し、組織の統制という観点においては、企業秩序を維持する意味での利点はありそうです。タバコはコーヒーや紅茶のような、嗜好品の一種です。在宅であっても勤務中なら通勤時と同じく禁煙というルールを定めて区別しない方が、組織内で不公平感は生じないはずです。また、少しうがった見方をすれば、在宅勤務者も含めて禁煙要請することで健康経営の推進に敏感な株主や投資家たちに対するアピールとなり、好意的に受け止めてもらえるかもしれません。

しかしながら「自宅で喫煙する分には誰にも迷惑かけないのだから個人の自由だ!」と考える社員からは、融通が利かない組織だと反発を招いてしまう可能性があります。また、健康を害するとはいえ、法律で認められている個人の嗜好を認めないスタンスは、価値観の違いを尊重しようとする時代の流れに逆行している印象も与えてしまうかもしれません。

(3)業務への支障

3点目の業務への支障については、あまりなさそうです。タバコの火種でうっかりやけどしたり、消しそびれたタバコが火事を引き起こして大切な書類が焼失したり、PCを損壊させたり――ということも考えられなくはないですが、電子タバコであればその心配もまずありません。

むしろ、気になるのは喫煙を我慢することで生じるストレスの影響です。喫煙している社員は、多くの場合ニコチン依存状態にあります。そのこと自体が問題であることはいうまでもありませんが、「個人の嗜好」として喫煙自体をいったん受け入れる前提で横に置くと、勤務時間帯に禁煙を要請しても、吸いたい気持ちを我慢することでかえってイライラして、ストレスがたまってしまうかもしれません。

ここまでの「喫煙者自身の健康」「組織の統制」「業務への支障」という3つの観点から考察すると、在宅勤務者に対しても禁煙要請することにメリットはありそうですが、それ以上にデメリットもありそうで、一概に有効な施策とは断言しがたいように感じます。

マネジメントとしての問題点
さらに、もう1点考慮すべき観点として付け加えたいのが、マネジメントスタイルの在り方です。

『なぜ、7割超の日本企業は「五輪・緊急事態」でもテレワークできなかったのか』でも指摘した通り、これまでの日本企業は他律的なマネジメントを行ってきました。他律的とは、マネジメント側の指示に従い歩調を合わせて組織を動かす、統率性において優れたスタイルです。これは見方を変えると、社員の意思や権限を最小限に抑え込み子ども扱いしているように感じるスタイルでもあります。そのことが、在宅勤務を含むテレワークや裁量労働制といった自律性が求められる働き方を推進する妨げになっている面があります。

社員の健康管理において、受動喫煙の防止やハラスメントの撲滅、長時間労働の是正、勤務間インターバルなどについては、会社がルールなどを設定して他律的マネジメントを働かせなければならない課題です。なぜならば、これらはいずれも場所や時間を会社が拘束していることに起因する課題であり、社員にとっては不可抗力といえる要素が強いからです。

それに対し、社員自身の喫煙を巡る健康管理は、会社からの拘束とは無関係であり、社員個人に起因する課題です。そこに会社が他律的マネジメントを働かせようとすれば、社員の生活時間にまで入り込んで管理することになります。それは、社員としても抵抗があるはずですし、法律上の制限もあります。この問題を巡る健康管理は、他律的マネジメントでは限界があり、自律的マネジメントを働かせざるを得ないのです。

在宅勤務とはそもそも自律性が求められる働き方です。そこに禁煙要請するという他律的マネジメントのスタンスを持ち込めば、会社としては社員の健康を思いやる意図だったとしても、社員への拘束を強めようとする会社からのメッセージだと受け取られる可能性もあります。さらにその要請自体が有効な施策なのか疑問符がつくとなれば、戸惑いを感じる社員は少なくないはずです。

喫煙は「百害あって一利なし」といわれます。非喫煙者から見るとまさにその通りだと思います。また、喫煙が及ぼす健康への影響を考えると、禁煙どころか、永遠に止めた方がいいものだとも思います。タバコを止めたくても依存症のために止められないという社員には、サポートする必要があることは間違いありません。

しかし、百害を承知の上で、自らの意思で喫煙を続けたいと考えている社員もたくさんいます。タバコを嗜好する者としての一利があるということです。その一利は、喫煙者にとっては百害に勝るほどの「利」なのです。タバコは嗜好品ではなく、依存性薬物だと指摘する声もありますが、法律で禁止されていない以上、その「利」を抑え込むには、健康を損なうという「害」を被る喫煙者自身が自ら制御するしかありません。

一方、健康経営を推進する上で、社員自身の喫煙を巡る健康管理に介入したり、在宅勤務者に禁煙要請することに一利あることも事実だと思います。しかし、その「利」に対していくつの「害」が生じるのかも視野に入れておく必要があります。健康経営という方針を推進するために、社員を 子ども扱いし続けながら過度に他律的マネジメントを働かせようとしてしまうと、これまでに指摘してきたようないくつものデメリットが「害」としてもたらされることにもなり得ます。

「大人」として一任すべきではないか
記者会見上で、医者から止められていると言いながら、勝新太郎さんはタバコをふかしました。その振る舞いへの是非は、人によって意見が分かれると思います。しかし、少なくとも喫煙の害を知った上で、「大人」として自らの意思で判断した結果であることは間違いありません。それは生き様や美学、人生哲学、価値観などあらゆる要素が統合された、勝さん一流の自己表現です。

医者であっても、喫煙者の意思までは制御できません。喫煙がもたらす害について、会社が社員を啓発することは必要ですが、十分な情報提供を行い、その害について認識した上で何を優先し、どのように自己表現するかは、他人に負の影響を及ぼさない限りにおいて、大人として社員個人の意思に任せるべきなのではないかと思います。

(川上敬太郎)

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